一條裕子「すてきな奥さん」フリースタイル

[BK1 | Amazon] ISBN 4-939138-13-5, \980
 もうあちこちで話題になっていたので今更ではあるが,貯まった本のお蔵出し第一弾として,これは外せないのである。
 本書は,アフタヌーン誌で連載されていた「蔵野夫人」をベースに,かなりの分量の書き下ろしを加えて一つのまとまった物語に紡いだものである。連載当初はさほど目立たない扱いであったが,読むと,これがまた何とも言えない独特のユーモアがあって,いっぺんに好きになってしまった。トーンもベタもカケアミも少ない,かなりすっきりとした白い絵なので,あのごっついむさ苦しいアフタヌーン連載陣に混じると,どうしても見落とされがちになるのか,9ヶ月で連載終了と相成った。そのうち講談社で単行本になるのかな~,と思っていたら一向に書店では見かけず,昨年12月になってようやっとフリースタイルという私好みの本を刊行しつつある小さい出版社から発行されたのが本書である。講談社も惜しい作家を逃したものである。その後,一部のウルサガタには好まれて話題になったのだから。
 この作品集,読めば読む程,とり・みきを連想してしまう。白い空間の使い方といい,ロッドリング(ミリペンか?)を使っているところといい,連載時の原稿に思いっきり手を入れて,単行本内で一つの物語を紡いでしまうところといい,全く,とり・みき的な作家である。それでいて,あまり先鋭的なギャグ指向でない,三浦しおんにも繋がる妄想的世界を作り上げているところに,この作家のオリジナリティが光っている。
 ほのぼのではない,でも,ほっと肩の力を抜きたい時にはお勧めの作品集である。

櫻井鉄也「MATLAB/Scilabで理解する数値計算」東京大学出版会

[ BK1 | Amazon ] ISDN 4-13-062450-4, \2900
 昨年(2003年)に出版された良書・・・なんだが,あまり話題にならなかったな。著者があんまし自己宣伝する人ではないせいか,それとも,出版社があまり力を入れて営業していないか・・・両方だな。
 こと,ソフトウェア重視の数値計算の本に関して,わしは次の点をチェックするようにしている。

  1. サポートWebページが存在しているか?
  2. ソフトウェアの解説が十分なされているか?
  3. 参考文献が明示されているか?

 まず,最初の項目についてはちゃんと存在しているので○。
 次に,本書で扱っているMATLAB/Scilab(www.scilab.orgでもアクセス可)についての解説だが,これは×と○の部分がある。×なのはこれらの統合型数値計算ソフトウェアが成立した歴史的・技術的経緯が全く語られていない点。ちなみに,ScilabはfreeのMATLAB cloneと言っても差し支えない存在であるが,freeなんだからさぁ,せめて開発者groupに敬意を払う意味でも説明が欲しいよなぁ,ってのは人情じゃないでしょうか。しかし,interpreterの文法の説明については,MATLABとScilabで相違する点もきちんと明示されていて,一通りプログラミング言語の初歩を習得した読者ならば苦もなく理解できる。よってこの部分については○。
 参考文献についても,巻末に明示されているので一応○。「一応」ってのは不満もあるから。確かに名著とはいえ,今頃Forsytheを紹介されても図書館ぐらいでしか読めないだろう。大体,これって日本語訳も出ているのに,その紹介ぐらいあったっていい・・・と,イマイチ詰めが甘いので「一応」が付いてしまうのであるな。
 と,著者の人柄に甘えて細かい点をつついてしまったが,内容に関しては申し分ない(と言う資格がお前にあるのかという疑問を持ってはイケナイ)。面白そうな部分の記述が淡泊に過ぎて,「もうちょっと説明をしてくれよー」と思わないでもないけど,そう思わせるところも含めて大したものである。数値計算のテキストはもう大抵はこの手の統合型interpreterで記述されているから,本書によってようやっと日本語only読者も欧米型の標準テキストを読むことが出来る訳で,誠に喜ばしい。実習込みの講義をするのなら,今のところこれに勝るテキストはないと断言しておく。

西原理恵子「できるかなV3」扶桑社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-594-04256-2, \952
 結局ロクに仕事できそうにないので,せめて年末最後ぐらいは貯まりに貯まった読了本の中からお勧めを引っ張り出して紹介することにする。担当編集者のインタビューはこちら,著者本人のインタビューはこちらから読むことが出来る。
 今更ではあるが,やっぱり西原理恵子は面白い。本書は噂で聞いていた「脱税できるかな」を期待して買ったのだが,読了後に残るのは「ホステスできるかな」であった。
 前者は,まあ自営業者なら大なり小なりやらかしていることを大々的に実行し,しかも作品にして公開してしまった,という所が目新しいと言えば目新しいが,それ程ではない。無論,爆笑しながら読んだので,面白くない訳ではないのだが,どーにも落ち着かないのである。こちとら,しがないリーマンだから,トーゴーサンの法則通り,100%所得が税務署に筒抜けで,毎日かあさんのように値切ることは出来ない。そのジェラ心が,あの中村うさぎから尻子玉を引っこ抜いた程の「脱税できるかな」を好意的に評価できなくさせているのだろうか。
 しかし,後者は嘘偽りなく感動した。最近のサイバラ作品に良く出てくる,泣き笑い感動をまぜこぜにしたテイストが全開である。やっぱり池袋の業界は作者の血肉にジャストフィットしたのだろう。体張って生活を支える女性達の生きる世界は,土佐女の作品世界そのものだしね。
 最後に,本書にまつわる悲劇を記しておきたい。
 どういうわけか,うちのページはいつの間にやら「山田参助」でGoogleされるようになっていたのである(号泣)。その問題作も本書に収録されている。・・・ああ,せっかく,あかでみっくで,おっさーれ,かつ,どっくたーな雰囲気を作り出してきたのに,サイバラさん,あんたのおかげで,うちの,うちのページは台無しです・・・花田さんもイイ作家とつるんでいるよな・・・ぐっすん。

片岡義男「ホームタウン東京」ちくま文庫

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-480-03909-0, \840
 目次はない。前書きもない。見開き2ページにそれぞれ「東京」マイナス「生物」を写したカラー写真が1枚ずつ掲載されていて,その写真を説明してくれるマニュアル代わりの600字程度の文章がセットになっている。それだけだ。最後に,これも長くはない「あとがき」があって,本書全体に通じるニュアンスを伝えてくれている。
 従って,本書は写真メインの文庫本ということになる。しかしその写真は,東京を良く見知ったわしには何の感慨も催さない。恐らく,高度成長以降に生まれた世代なら,わしと同様だろう。東京を明瞭に感じさせる写真は皆無である。ここに示されたものは,現代日本の都市にはごくありふれたものでしかない。
 ではその写真は乾いているのか? 違う。 ではウェットなのか? ベタベタではないが,そこに写っている人工物を介して,東京に生きる人間の湿り気は,少し,感じる。 突き放しているのか? 違う。文章はその写真を正確に述べている。
 述べている? そう,explainではなくてdescribe。よって,本書に文章は不要なのだ。片岡義男は,不要な文を写真に付属して200ページちょっとの文庫本を編んだのである。著者の「ホームタウン」をdescribeするためだけに。
 版元の筑摩書房を「不要不急の出版社」と言ったのは誰だったろうか。本書によってその「名声」はまた不動のものとなり,自社ビルを保持するまでになった。そんな不要不急の出版社を,そしてそこに作品と提供している片岡義男を経済的に成り立たせている,デフレ不況の現代日本に,そしてその中心都市・東京に,これからもよろしくお願い申し上げます。

いしいひさいち「ドーナッツブックス いしいひさいち選集37」双葉社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-575-96082-9, \429
 何か今月は漫画ばっかり紹介しているよーな。まあいいか。ここんと専門書ばっかり読んでいるので,自然と頭が息抜きを要求しているのであろう。
 ひさびさのドーナッツブックス新刊。朝日新聞で連載を初めてから刊行がほぼストップしていたとおぼしい。ジャンル別の単行本も良いが,これは忍者もの,戦場シリーズ,小説家広岡先生,ナベツネ,ノンキャリアウーマンとバラエティに富んだ作品が一気に読めてお得。ずーっと愛読していたのだが,このたび再開されて誠に嬉しい。著者のページで発売を知って早速買ってきたという次第。
 どれも四コマの天才いしいひさいちの才能が光っていて面白いが,やっぱり白眉は巻頭の「月子」シリーズだろう。わしの記憶では,藤原センセーを書くようになって,「得体の知れない美人」を使い始めるようになった。鼻面が長く,目がデカイキャラは慣れるまで違和感があったが,この月子シリーズはそれを更に増幅させて,不気味さを醸し出している。
 デビュー以来,もう何年になるのか? いしいの亜流漫画家が,今は亡き文春漫画賞(いしいも取っている)を受賞するぐらいの大ベテランなのに,まだ新境地を開拓している。誠に恐ろしい,天才とはこーゆー人を言うのであるなぁ,と長年の読者をしてため息をつかせる意欲作である。