池田清彦「やぶにらみ科学論」ちくま新書

[ bk1 | Amazon ] ISBN 4-480-06140-1, \700
 敬愛する編集者(教授になっちゃったけど)津野海太郎は,出版社が発行している広報誌を愛読しているそうである。これは薄くて安い,おまけに面白いと三拍子揃った希有な雑誌である。「広報」が目的だから,載っているのは自社の出版物を推薦する短い文章が大半である。幻冬舎のはちと性格が異なっているけどね。
 というわけでわしも広報誌を愛読している(良いと思うことはすぐに真似をする)。といってもわしは津野さんほど勤勉な読者ではないので,購読しているのは筑摩書房と幻冬舎のものだけである。
 本書に収められているエッセイの多くは前者に連載されていたものであるので,わしも途中から気が付いて読み始めた。これが面白い。連載が終わった時にはがっかりしていたのだが,この度それが新書にまとめられて出版された。誠にめでたい。
 何が面白かったのか? わしは一応学者であるので,そのヒネクレ具合が心地よかった。学者たるもの,ある程度はヒネていなければならない。物事を多方面から観察しようと思えば,素直に受け取ることも必要だが,同じ比重でもって底意地悪く勘ぐる必要もあるのだ。その両方があって初めて物事を2π(ラジアンね)回転してねめ回すことができるのである。
 本書のタイトル,「やぶにらみ」とは良く付けたものである。著者はあとがきで述べているように,団塊世代の典型的サヨクである。その割には学生に優しくないのは世の大学教師と同じというところが既にヒネくれている。サヨクってさぁ,もっと弱者に優しくないといけないんじゃなかったっけ?それなのに,職場(山梨大学)で,自分の専門書が3冊,学生さんに売れたという事実を知ってこんなことをのたまうのである(P.130)
 本が数冊売れたぐらいで何でそんなにびっくりしたかと言えば,我が大学の最近の学生さんが,私の本を読むなどということは,まずあり得ないと思っていたからである。
 うーむ,世の大学教師が言いたくても言えないことをよくもまぁ臆面もなく書けるものである。あ,わしはそんなことはチラとも思ってませんからねー(と,予防線は張っておかないとな)。
 しかし,それだけに学生さんだけに留まらず,専門たる生物学への「やぶにらみ」具合は大したもので,トリビアではないけれど,へぇと唸らされる考え方が縦横に展開されている。わしが特に感心したのは「クローン人間作って,何が悪い」(P.121~),「自然保護と原理主義」(P.16~),「外来種撲滅キャンペーンに異議あり」(P.174~)である。タイトルだけでも読みたくなりません? ふーん,そういう考え方もあるのね,と感心すること,請け合います。たぶん,山梨大学でも3冊以上は売れるんじゃないだろうか。・・・いや,たき火の焚き付けにされるとかじゃなくって,ね。

古谷三敏「BAR レモン・ハート 19巻」双葉社

[ BK1 | Amazon ] 4-575-85894-7, \552
 第一巻が1986年の初版であるから,もう16年のつき合いになる。途中,作者が大病して長期休載になって以来,年に一冊刊行というペースになった。大体は秋に発行されるから,今年もそろそろ,と思っていたら案の定,見つかったという次第。わしも仕事(逃避?)に明け暮れる中年になっちまったので,このぐらいの刊行ペースはちょうど良いのである。
 それにしても16年間,よくぞこれだけネタ切れにもならずに続いているよな,と感心する。蘊蓄漫画の元祖である著者だが,ここまで毎回酒をネタに取り上げていれば,もう蘊蓄を越えて専門家として威張っても良いのではないか。こちとらまるっきりの下戸であるが,おかげさまで酒の知識だけはこの漫画から摂取できている。
 松っちゃんは相変わらず女性に振られまくってまだひとり者だし,メガネさんのハードボイルドスタイルも変わらない。マスターはますます年齢不詳になる。この作品世界の安定感は,世知辛い世間とは隔絶されていて大変心地よい。こちらが飽きるまで,BARレモン・ハートの営業が続くことを願わずにはいられない。

菅谷明子「未来を作る図書館 -ニューヨークからの報告-」岩波新書

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-00-430837-2, \700
 前著「メディア・リテラシー」に続いての第二弾。New York Public Libraryの先進的機能の紹介に留まらず,図書館関係者や実際の利用者へのインタビューがふんだんに盛り込まれており,近年の不況によって財政的に苦しい(Public LibraryではあるがNPO法人)という実情もちゃんと報告してある辺り,何事も過不足なく調査する著者の誠実さが際立つ。
 利用者の望む「本」を無料で貸し出すだけではなく,利用者の望む「情報」を,書籍やThe Internetを介して提供する,という先進的機能は,日本でも浦安市立図書館が実践していることで知られつつあるが,まだまだ全国の行政の認識は甘く,経験を積んだ司書も足りない現状では,そう簡単に普及するとは思えない。しかし,本書で示された「知のインフラ」としての機能は,間違いなくこれから必須のものとなるだろう。
 The Internetが飽和状態にある今,Googleを検索すれば望みのものは何でも見つかる,という夢物語は胡散霧消し,無数の二次的情報の中から信頼のおける数少ない「情報」を求めるリテラシーが求められるようになった。そして,結局,未だに信頼の置ける情報源は,人間である著者が情報をまとめ上げ,人間である編集者が意見を述べて改良した「紙の本」であることが多い。そしてまた,あまたの本から,利用者の望む情報をすくい上げる手助けは,人間である司書に頼る他ないのである。
 図書館よ永遠なれ,と,本書読了後には願わずにはいられない。ああ,著者のマジメさに引きずられて,わしの文までマジメになってしまった。

高安正明「マイコンヒストリー」ソフトマジック

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-86122-001-7, \1500
 まず,1500円も読者からぶんどっておいて,こんだけ誤植(つーかタイプミス)をほったらかしにしている本も珍しい,という事実は指摘しておかねばなるまい。それでも,さすがに本職のライターが書いただけあって文章は読みやすい。しかし流れるように読める筆力があるだけに,タイプミスでその流れが引っかかってしまうのは皮肉である。もし第二刷が出るならば,それを修正した上でお願いしたい。そして私も人に勧めるのはそれを確認してからにしたい。
 前書きで著者が述べているように,本書は客観的な事実に基づくマイコン→パソコンの歴史書ではない。あくまで著者の主観に基づくエッセイであり,かなり重要な事実もすっぽり抜け落ちている,なんてことも多い。DDDはどこ行った?とか,Free UNIX Compatible OS は完全無視か?とか,The Internetの歴史は?等々。しかし,そんなことは著者は百も承知で書いている(よね?)。むしろ,殆ど同時代のユーザとして過ごした私としては,第一章から第五章の記述のあらすじが殆ど自分の記憶と一致していることに驚いている。本書は確かにユーザの主観を記述した歴史書として意味がある。
 しかしそれ故に,学問的には本書はかなり疑義を持って睨まれるべきものである。その時々における社会情勢の記述も,客観的データも,参考文献も皆無である。ラストの第六章の記述にアトムを持ってくるなんてのも,朝日新聞社じゃあるまいし,手垢にまみれた論考である。
 コンピュータってものが,恐ろしく高速な制御機械であり,その枠を外れて使われたことは一度もない,単なるでくの坊である,という事実を,著者は意図的に忘却し,愛着のあるペットとして愛撫している,そんなキライがある。ガクモンとしてはいかがなものかとは思うが,一人の同時代人ユーザとしては,その偏愛のありかたには同情してしまう。中年ヲタクが思い出にふけるネタとしてはよくできた本である。そう思えば,多分,タイプミスにも愛着が持てるかしらん?

内田樹「子どもは判ってくれない」洋泉社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-89691-759-6, \1500
 「ためらいの倫理学」(2000年)以来の3年分のエッセイを集めた単行本。オトナのために,オトナの思考法を「うじうじと」述べた文章が満載されている。といいながら,読んでいて爽快感がわき上がってくる辺り,文才があるんだよね,きっと。ああ羨ましい。
 「ためらいの倫理学」では小田嶋隆の影響が色濃く刻まれていたが,これはすっかりそーいったレトリックからは開放されており,50過ぎのオジさんがじっくりと腰を据えて,複雑な世の中の仕組みを省略することなく複雑なまま語ってくれている。
 著者は小林よしりんが嫌いなようであるが,随分と共通している所があるのは,どっちも現実を見据えようという気構えがあるせいだろう。感情的な行き違いはあれ,世間でそれなりにステータスを築いていけば,自ずと同じ世の中の仕組みを知ることになるから,申し述べる事柄も似通ってくるのである。
 わしが一番感銘を受けたのは,「ハラスメント」を考察した「呪いのコミュニケーション」(P.132~142)と「ヨイショと雅量」(P.154~159)である。特に後者は,「ほめて育てる」ことの重要性を指摘しており,何事に付け,人の足下を掬ってやろうとしている腹黒い教師としては,誠に恐縮する次第である(改めるつもりはないけど)。
 今後ともWebを初めとした様々な媒体で作品を発表され続けるであろう,著者の今後の活躍に期待。いやぁ,小谷野先生に続いて尊敬する書き手と巡り会うことになろうとは思わなかったな,うん。