松本あやか・エアーダイブ(編)「札幌乙女ごはん。」札幌商工会議所

[ 記事 ] ISBN 978-4-88193-019-9, \100

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 Amazonでは扱っていないようなので,とりあえず本書,というより本小冊子の紹介記事をリンクしておいた。一言で言うと,「札幌商工会議所推奨店」の宣伝漫画である・・・が,一つの失恋物語を通じてうまく五店舗を織り込んであって妙にギコチない漫画にはなっていないところに感心させられたのである。

 このたび京都精華大学の学長に就任する竹宮惠子は漫画を大学で教えるにあたり,どういう教材を使ってどのように学生の漫画力を高めていくか,ずいぶん悩み,奮闘したらしい。その漫画家育成教育の一環として,京都市内の商店・企業の宣伝漫画を描くというものがあって,ほほうPBL(Project Based Learning)だなぁと感心したことがあった。出来上がったものがどんなものかはよく知らないが,クライアントの言うことを聞きすぎてもストーリーがスムーズに進まないし,自己表現の極みを尽くしちゃうと二度とクライアントが依頼してこなくなる可能性がある。なかなか難しいテーマに挑戦させるんだなぁと思ったものである。

 本作はプロとして活躍する著者が描いているだけあって,16頁の失恋グルメ漫画としては随分と出来が良い。キャラのハッキリした若い社会人の女性3人組が魅力的で,この調子で続編もシリーズ化してくれると面白いだろうなぁと期待してしまう。商業漫画としての及第点を目指すには基本となるキャラ設定とストーリー展開をキッチリ決めることが必要なんだなぁということを示した本冊子は漫画化教育の良いお手本となるであろう。

児美川孝一郎「キャリア教育のウソ」ちくまプリマー新書

[ Amazon ] ISBN 978-4-480-68899-6, \819

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 社会人になる一歩手前の学生,高校生,専門学校生,大学生は誰しも一抹の不安を持つものだし,それは学校制度が整っていない時代にあっても若年者が社会制度に組み込まれる直前は「やってやるぞ!」という気負いと「大丈夫かな・・・?」という不安を同時に抱えていたに違いないのである。

 自分が大学を卒業する時,大学院を修了する時を振り返っても不安だらけであった。大学を優秀な成績で卒業したのならともかく,何とかギリギリ卒業に必要な単位を揃えた上に,大学院は格下の所を出たわけで,研究生活自体はやりたい放題やって充実はしていたものの,そこを通じて社会的に通用のするスキルを身に着け得たのかと言われると全く自信はない。今から思えば,若年者のスキルとは「未知のことを学習してスキルを習得する能力」なのであって,知識そのものではないのである。大体経験値ゼロの人間の身に着けたスキルなんてのはたかが知れていて,社会が期待するのはその後の「伸びしろ」なのである。日本社会が学歴より「学校歴」,つまり偏差値の高い学校を卒業した若者を重要視するのはそのためである。もちろん「学校歴が高いだけの役立たず」は存在するが,そういう人間の割合,即ち「不良率」は統計的に偏差値と高い相関関係を持つというのは厳然たる事実だろう。その意味ではワシも含めた若年者の不安というのは,迎える側の社会の諸先輩方が我々に対して持つ不安,即ち「自分らの仲間としてちゃんとやってくれるのか?」ということと同じなのである。

 不安なのはお互い様という中で,若年者の方が社会に踏み出すための足場を掴むための教育が「キャリア教育」と呼ばれるものである。著者はそれを専門としている研究者であると同時に,社会的な先輩として実際に若年者に相対する教育者でもある。本書はその両面の経験を踏まえて不安を抱える若者に,宣伝文句としての建前の背景にある「キャリア教育の限界」を優しい言葉で語りかけてくれる良書である。従ってタイトルは「キャリア教育(の背景にある世の常識を知らない若者にとっては)ウソ」ということになろう。つーか,キャリアに限らず「教育」というものが,それさえ受ければ素晴らしい人間になれると確実視できる代物ではないという常識を知らずにただ学んでいる若者にとっては,教育というものの「宣伝文句」そのものがウソ,ということになるのかもしれない。教育の一番の効果は「学ぶ姿勢」「学びを通じて会得する学習スキル」であって,知識そのものではない,ということはもう少し広く人口に膾炙していい事実であり,そうなれば「キャリア教育のウソ」なんてタイトルは不要だったろう。

 本書全体を通じて「いくらなんでもそのキャリア教育に対する宣伝文句は言い過ぎだろう」ということを中高生でも分かるように縷々説明しているが,ワシが一番胸に応えたのは,いわゆる「低レベル高校」におけるエピソードだ。詳細は書いていないので雰囲気しかわからないのだが,熱心な教員達が,純真な高校生をキャリア教育の煽り文句で煽った結果,自分のできることを超えた希望を持ったまま「夢追い人」としてフリーターになっていく卒業生が続出した,というものである。これはワシ自身にも覚えがあって,自分の能力に見合わない希望を持ったまま就職活動に突入し,次々にお祈りメールを貰って挫折する,というのは大学生でも高校生でも大差ないのである。結局,現在の日本の教育全体が個人の希望を煽るだけ煽り,憎まれ役となる適切な評価機関としての役割を果たしていないことが問題なのである。

 本書の存在意義を一言でまとめると,そのような歪を「キャリア教育」という断面から照射しているところにある。キャリア教育を担う一教員として,そして,かつては自身の希望と能力とのマッチングに悩んだ経験者として,ワシは当たり前のことを分かりやすい言葉で解説した本書を全ての若者とキャリア教育の実践者に読んで頂きたいと思っているのである。

武田一義「さよならタマちゃん」講談社

[ Amazon ] ISBN 978-4-06-352477-2
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 本書はタイトル通り,腫瘍に侵された自分の金タマとおさらばする経験をした著者(奥浩哉のアシスタント)が描いた闘病マンガである。従って,いわゆる「闘病記」の一種であるのだが,エッセイマンガ,とは言いづらい。表紙の通り可愛らしくちんまりしたキャラクターが持ち味のマンガだが,多くのエッセイマンガのようにあっさり軽くは読めないのだ。「イブニング」に連載されていたということもあって,かなり構成的に優れたストーリー漫画になっており,いろんな要素を取り込んだ読み応えのある作品なのである。ワシは夫婦の情愛にホロリとさせられたが,人によってはもっと違うエピソードに涙腺を刺激されるであろう。それだけ「多面的」な漫画になっている,ということはもっと声高に褒められてしかるべき作品である。

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小川隆章「アンモの地球生命誌」双葉社

[ Amazon ] ISBN 978-4-575-30548-7, \1000
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 本書がどーいう文脈で双葉社から出版されたのか,ワシはさっぱり分からないのだが,夏休みの読書感想文のネタに困った時に役立ちそうなものとして本書を推薦したい,つまらん科学書より面白い漫画を読んだ方が何倍も勉強になる,ということはワシの40年以上に渡る読書遍歴によって証明(?)されている訳だが,本書に関しては,題材もさることながら,純粋に漫画として大変面白いのだ。躍動感のある古代生物描写は深海生物に胸ときめかせているガキどもにも面白がって貰えること間違いないのである。

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