畑川剛毅「線路にバスを走らせろ 「北の車両屋」奮闘記」朝日新書

[ Amazon ] ISBN 978-4-02-273156-2, ¥724
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 仕事柄,ワシは地方に出張することが多い。ワシらの業界は人間関係が重要なので,アフターファイブでもグループ間でお誘い合わせの上,酒席を共にしたり,懇親会に出席したりするのが普通なのだが,人見知りの激しいワシはそーゆー社会活動とは縁が薄い。当然,一仕事終えた後は,一人でぶらぶらと散歩し,唯一の趣味である読書欲を満たすべく,必ず書店に立ち寄ることになる。幸い,ワシが出かける先はたいがい県庁所在地なので,それなりの規模の書店の一つや二つは必ずあり,時間つぶしに困ることはないのである。
 新刊本を扱う書店は没個性だとよく言われる。まあ確かに音羽・一橋グループを初め,新潮,角川,文藝春秋,筑摩・・・といった大手書店の新刊本は全国どこでも発売日に入手可能だから,品揃えは当然似通っている。しかし,地方で書店を覗いていると,それ以外の新刊本というものは案外たくさんあるものなんだな,ということに気づかされる。
 まず,地方新聞社の刊行物というものがある。これが案外曲者で,地域限定ながらも結構な人気を博しているというものが結構あるのだ。加えて,名も知らぬ中小出版社の刊行物もある。こういうものの大部分はさっと見るだけで購入しないのが普通だが,眺めているだけでも楽しいものである。
 しかし一番目につくのは,大手出版社の刊行物ではあるが,その地方では特に人目を引くであろうと思われるタイトル・著者・内容の本である。静岡であれば「徳川」「お茶」「サッカー」というキーワードに引っかかるものが全面に並ぶし,金沢であれば「前田家」「古都」「輪島塗」といったものが並ぶ。これが関西になると,やっぱりここは日本のケベック州みたいなところだな,と思わされるほど並んでいるものが違うのである。
 で,北海道だと「アイヌ」「酪農」「北国」・・・というタイトルのものが並ぶのが定番だが,最近ここにもう一つキーワードが加わったようだ。それが,マイクロバスに鉄道車輪をくっつけた形状の変な乗り物の略称,「DMV(Dual-mode Vehicle)」である。
 最初このDMVの実物を写真付きで報道したニュースを読んだ時,なんて不格好な乗り物だ,と思ったものである。地方ローカル線存続の切り札として熱望されている他,本書でも述べられているが,静岡県富士市でも,新幹線駅と在来線駅,それに地方鉄道路線を組み合わせた運用を検討しているという報道を聞いて,「期待過剰じゃないか?」とも感じた。定時運行が可能な鉄道というシステムと,道路さえあればどこでも乗り入れが可能なバスというシステムを組み合わせれば「いいとこどり」ができる,という発想は安易極まりない。意地悪く言えば,維持管理に金のかかる鉄道システムと,定時運行が難しく事故の多いバスというシステムの,「悪いとこどり」になる可能性もあるのではと思ったものである。
 本書は,ワシのような意地の悪い読者の疑いも,DMVにあふれる希望も,そしてDMVの失敗の歴史も,この246ページの薄い新書に余すところなく詰め込んだ,技術開発のドキュメントとしてな模範的な教科書である。以前取り上げた「スーパーコンピューターを20万円で創る」は,開発者本人が書いたにしては技術的な解説が少なく,ちょっと「お手本」としては疑問であるとワシは書いたが,本書はその辺の解説がきちんと述べられている上に,歴史・開発環境の背景も綿密に述べられていて,「模範的」なのはどちらか,と聞かれれば間違いなく本書に軍配を上げることになる。
 で,結論だが,ワシの疑問はある程度正鵠を得ているようなのである。多分,DMVが本物になるのは,事故を起こした後になるのだろうとワシは考えている。本書を読む限り,今のところ,安全性には相当の気を配って開発・運用されているようだが,事故は本格運用がなされた後に発生するのが普通だ。そして事故の後は原因の追及がなされ,システムの手直しが行われる。DMVが本物になるためには,事故が起こるほど普及し,以降の運用継続が望まれるという世間の期待をバックに改善がなされるという「洗礼」を経ることが不可欠であろうと,ワシは考えている。
 JR北海道が自力開発したこの乗り物がその道のりを辿るためにはさらに年月が必要であろうが,普及の暁には,本書をもう一度ひもといて,先陣の苦労を味わってほしいものである。

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