筒井光春「うつと自殺」集英社新書

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-08-720239-9, \660

 中高年の自殺が減る気配を見せない。ようやっと景気が一息つこうという時勢になってきたが,じゃあこれからは減るのか?となるとかなり疑問だ。あまりに不況期間が長かったため,各個人の仕事能力をシビアに見極める風潮が定着してしまった。何らかの理由で,「出来ない奴」という烙印を押されてしまえば最後,新卒者なら就職は難しくなり,既に社員となっているベテランでも,あの手この手で退職に追い込まれる。こうなってしまうと,ある程度は「出来る奴」と思われている人々も恐れおののき,我先にと能力合戦に突入していくことになる。しかも,定年まで続くロングスパンの競争である。この競争に勝つ・・・には至らないまでも,脱落することなく戦線内に踏みとどまるためには,自己管理能力が不可欠である。勉学に励むとかスポーツクラブに通い詰めるとか,そーゆー現時点の能力を高めることよりも,いかにこのストレスフルな社会で精神の安定を保つことができるか,ということが何より大切である。どーも,抜きん出た勝者って人達と見ていると,勉強が抜群に出来たとかスポーツ万能であったとかという以前に,精神的なタフさを生まれつき保持していたか,あるいは人生のどこかで獲得したか,どちらかではないかと思えるのだ。もちろん,単なる憎まれっ子ではダメで,プラスαの能力があってこその「勝ち」ではあるんだけど,それがない「憎まれっ子」であっても,長生きだけはするんじゃないかと思える。
 ちょうどとあるワシと同年配の若手作家が自殺したという報道があって,そんなことをつらつらと考えていたところで本書が首尾良く出版され,こうしてワシの手に収まっているのである。
 著者は「心療内科」の専門家(権威かどうかは知らない)であって,既に何冊か著作もあるようだ。そのせいか,なだいなだ並に読みやすい文章であり,寝床でうつらうつらしながら読んでいたら数日で読破できてしまった。内容を一言で言うと,中高年以上の自殺の原因には,かなりの割合で「うつ病」,あるいはそれが疑われるケースが存在するので,「うつ病」とはなにか,どのような症状なのか,どのように治療するのか,どんな場合にうつ病になるのか,といったことを世間に知ってもらい,適切な予防と治療を行ってもらおうというものである(長いぞ)。ふーん,うつ病って薬で治るんだ,ってのが一番感心したところ。すぐに回復するという訳ではなさそうだが,適切な治療を受ければ回復するってことを知っただけでも660円の価値はあったな。

 不満が残るとすれば,まあこれは厚みに制限のある新書に望むのは酷かも知れないが,もちっと社会的な考察が欲しかったかな,という点であろうか。本書P.23に自殺者の年代別(1960年と2000年)比較のグラフというのがあって,このデータを見ると,1960年には自殺者の男女比率が57%(男) : 43%(女)なのに対し,2000年には71% : 28%となっている。どーも,この不況のプレッシャーは男に偏っているようだ。この辺の解説が欲しかったかなー,というのは無い物ねだりというものかしらん?

 専門家が書いただけあって,うつ病は特殊は病気ではなく,誰にでも,特にマジメ人間に起こりやすい疾患であること,その病気のメカニズムと治療法については「なーるほど」と納得できる記述がなされている。ワシのようなズボラ人間には無縁かも知れないが,周囲でもうつ病になってしまった知人をちらほら見かける昨今,この病気に対する耐性を付けておくためにも一読をお勧めする。