唐沢俊一「新・UFO入門」幻冬舎新書

[ Amazon ] ISBN 978-4-344-98035-8, \720

 格差社会という言葉が蔓延って久しい。さりとて,全ての格差をなくすことは不可能である。今問題にされている格差とは,「自宅」を持たないホームレス・ネットカフェ難民・ニートと,「普通の生活」が可能な層とのギャップが広がっていることを指しているようだ。確かにこの格差社会は問題だが,定職を持って働いてさえいれば人並みの生活ができるようになればよし,というのが一応の合意点であり,すべての労働者を一律の経済力に揃えるなんてことを今の日本で望んでいる人は,まあ殆どいないだろう。
 逆に言えば,どんな好景気であろうと,定職を持てない人を皆無にすることもまた,不可能である。これも少数ではあるが,知能も健康にも問題はなくても,性格的にどうやっても真面目に働くことができない人種というものはいる。ワシは教師であるから,こういう言説を吹聴してはいかんのかもしれんが,やはり「社会的不適応者」をゼロにすることは不可能と言わざるを得ないのである。そしてこの社会的不適応者の中に,自分への社会的評価というものを客観視できない人たちがいる,ということは間違いない。
 人間誰しも欠点はある。日本人の健常者なら誰でも東京大学に入学できるわけでも,オリンピックに出場できるわけでもない。誰だってできないことはあるのだが,それに対する「お前はダメな人間だ」という評価がなされてしまうと,これはなかなか辛い精神状態になる。試験で赤点を取る,転んだわけでもないのに徒競争でビリになる,飛んできたボールを受け損なう,大学入試に失敗する,入学しても留年してしまう,入社試験にしくじる,取引先と悶着を起こす,営業成績がビリになる,リストラされる・・・などなど,もう言い訳のしようのない辛い事実と付き合っていかなければ人生を全うすることなぞできはしないのだ。だから,徹底した楽天気質か自分を客観視する回路がイカれた人間でなければ,「人生は大変だなぁ」とため息をつきながら日々をやり過ごさねばならない。逆に言えば,その事実を受け入れることができさえすれば,まともな人生を送ることができるのである。内田樹がいうところの「正しいおじさん」(or おばさん)とはそのような悟りを持った人たちのことなのだろう。さらに逆に言えば,「正しいおじさん」になり損ねた人種の,更に一部が社会的不適応者になってしまうのである。もっと詳しく言うと,人間誰しも社会的不適応な部分は持っており,これを人生経験を経ることで少しずつ軌道修正していくことで,正しいおじさんへの方向付けを行っていくというのが,「普通の人」の人生なのである。
 本書を読むと,どうやらUFOを目撃した人々のうち,特にトンデモなことを言い出す人はこの「普通の人」への方向付けをたまたま,あるいは意図的に間違ってしまった人種のようである。人生の悩みを超常的な存在に託してしまう,というのはワシも高校生ぐらいまではやっていたし,まともな社会人の中にも霊感があるとぬかしよる輩はいる。しかしまぁ,そーゆー非科学的とされる存在にはあまり深入りしない方が人生にとってはよさそうだな,と,普通の人は年とともに悟っていくものだ。そこを掛け違ってしまって,しかもそのような存在を信じ続けてしまうと,と学会メンバーの格好の餌食になってしまう訳なのだ。
 人生とは辛いものなのだ,とは藤原正彦の言だが,これは,特別な能力に恵まれず超人的な努力も苦労もできやしない普通の人間にとっては,自身の至らなさを客観視しつつ,世間との折り合いをつける作業そのものが人生なのだ,ということを言っているのだ。もうスッカリUFOとも霊現象とも超能力とも縁遠くなってしまったワシであるが,それはつまり,正しいおじさんの道を歩めているということでもある。その意味では自分に対して少しは褒めてやりたい気分になってきたところである。
 本書に関しては引用ミスの問題があったし,事実の羅列が多くて唐沢俊一の地の文章が少なく,ワシにとっては物足りなく感じるところはあるものの,トンデモな人達にも我々と大いに共通する部分があることを優しく述べているところはもっと喧伝されていい本である。異性人の来訪を信じている人には全然期待はずれの本ではあるが,UFO事件をいぶかしげに眺めていた多数の方々にとっては「そーか,そーゆーことなのか」と膝を打てる,人間精神の一端を垣間見せてくれる良書である。