ちょろっと寒い・・・かな? ずーっと室内に籠もっているのでよーわからん。
1月ももう終わり。あっという間に2月になり3月になり4月になるとドタバタと講義が始まってあっという間に夏休みになるのであろう。今年は冷夏であってほしいなぁ。
何か,小林薫作品へのアクセスが多いな,と思ったら,リンクして下さったところがあるようでありがたし。今ドラマ化されてるんだよな〜,そういえば。元の出版元はとっくに潰れてしまっていたようだ。今はこちら(上巻・下巻)で原作が買える。この機会に是非とも俳優でない方の小林薫もよろしくお願いしたいものである。
朝日新聞の記事だが,こういうものが出されると大手マスコミの信頼度が下がっちゃうよな。
「東大の論文、1本1845万円 国立大でコスト最大級」東京大学の論文の「生産性」が国立大学の中で最低レベルにあることが文部科学省科学技術政策研究所の調査でわかった。研究費を論文数で割った1本当たりの「生産費」を比べた。東大など旧7帝大はおしなべて生産費が高く、旧帝大偏重が指摘されてきた国の研究費配分のあり方に一石を投じそうだ。
えーとですね,まずこの根拠となっている資料についてだが,ここで読める。本文だけで85ページ,資料も含めると487ページにもなる力作である。
で,記事はこの中の41ページから44ページまでの「4.2.4 論文当たり経費」のデータを論拠としたもののようだ。
・・・言いたいことは山ほどあるが,あげつらわれた東大側はいたって冷静で,記事中でも
東大の岡村定矩(さだのり)副学長(研究担当)は「いろいろな統計データがあるので、とくにコメントすることはない」としている。
FFTの調査,オリジナル論文がこっちで読めるってのは始めて知った。他にも偉大な論文多数掲載。著作権は大丈夫か? アルゴリズムの解説は大浦先生以上のものはなさそうなのでそちらを参照してもらうとして,ワシが知りたかったCooley&Tukey論文ができるまでの経緯についてはこーゆーものがあったのを発見して満足。で,じっくり読んでみたのであった。
ふーん,大瀧詠一の分母分子論じゃないけど,やっぱりルーツはちゃんとあったのね。どーもFFTの参考書を読んでみると,Cooley&Tukey以前から同様のアイディアは知られていたってことがちらりと出てくるので気になってはいたのだが,オリジナル論文でも引用されているGoodの仕事が下敷きにはなっていたわけだ。なんか,Householder変換が出ちゃってGivens変換の格が下がったって話とよく似てますな。ほんと,学者の先取権競争って難しおすなぁ〜。
考え方としてはquicksortみたいなDivide-and-Conquer的な所が似ているから,どっかで繋がっているのかな〜,と思って更にWebを漁ってみたが,確たる証拠はなし。Hoareの論文が1961年,Cooley&Tukeyのが1965年だから,共通する時代の雰囲気というものが彼らを触発したのかしらねぇ・・・?
しかし,この内幕文書,いろんなことが書いてあって面白いなぁ。米ソ冷戦の影響でFFTが必要だったとか,特許を取るかどうかも検討したとか(結局Public domainとなった)・・・ほんと,一本の論文の陰には色々なドラマがあるもんだねぇ。
そーいや,日本の「うだうだ」界において,ついにワシはトップを取ることができたのをご報告するのを忘れていた。
感激である。これもひとえにワシの努力の賜物である。褒めて頂きたい。あーちみちみ,これからは「うだうだ」について意見が欲しければいつでも答えて進ぜよう。ってそれじゃ「うだうだ」ではない,単なる勤勉である。「うだうだ」をうだうららしくうだうだ喋ることはかくも難しい。
ただこのトップ取りは,常にうだうだ界を牽引してきたサイトが丸ごと消えてしまった(アクセスも不能)影響が大きいようだ。ワシのサイトも「うだうだ」一覧から消えていたこともあったし,どうも「うだうだ」という単語そのものがGoogleのindexにおいては浮動的な位置づけなんじゃないかという気がする。まあこの一位も泡沫のようなもんだから,そう続くとも思えない。強力なライバルがもっとすごい「うだうだ」をひっさげて登場するかもしれない(何だそれは)。そうなったらなったでワシはうだうだ対抗するだけである。つまり現状維持するのみである。これぞ真のうだうだの道。トップに慢心することなく(するほどのことか),これからも細く長くうだうだやっていきます。
ということでうだうだしながら寝ます。
ふ〜,卒研発表練習,全員一通り終了。後は実地で練習あるのみ。今年は発表会を公開するそうなので,気合いを入れてやるように>4名
いや〜,今頃,Gene Golubが亡くなったことを知ってびっくりしている。2月29日には追悼イベントが全世界で同時開催されるようだ。Matrix Computationsという名著の価値が当分色あせることはないだろうな。線型計算で論文書いたことがないので,直接Golubの偉業と接する機会はほとんど無かったが,つい最近書いた論文では40年前の仕事を引用させて頂いた。合掌。
そーいや,Movable Typeも4.1が出たんだな。そろそろここの引越(つーてもみかかの中を移動するだけだが)を考えねばならん時期なので,引越時にはついでにupdateしようかと思案だけはしている。しかし使ったからと言って何が便利になるわけでもなさそうな。どっしようかな〜。
何だか,急にFFTを勉強しなければならない状況になってしまったようだ。いや,別にFFTである必要はなくて,普通にFourier変換を勉強できればいいようなのだが,ワシがやるからには絶対にFFTにたどり着かねばならんのである。
で,手持ちの資料をパラパラ漁ってみたのだが,一番よさげなのは春海・高田の教科書(まだ絶版じゃないのかな?)のようだ。約四半世紀前の本だが,古いだけあって,Filonの数値積分による方法→Goertzerlの方法→FFT(Cooley-Tukey法)という手順を踏んで解説してある。今じゃ一気にFFTだもんなぁ。歴史的経緯を知るためにも,ワシみたいな一気に理解できないバカのためにも,こういう解説をして頂けるとありがたい。勉強勉強。
ちょろっと仕事してから寝ます。
昨日はちょっと(かな?)トラブルあり。全てが終了したらご報告したいが,さーてどうなりますやら。少なくとも2月中の引越が無くなったことだけは確かである。
掛川付近を震源とする群発地震が起こった(1回目,2回目,3回目,4回目,5回目,6回目,7回目)。最大でも震度3だから大したことはないのだが,震源に近いせいか,床下(我が家は2Fだが)で巨大な岩がゴロゴロ動いているような地響が伝わってきて気持ち悪いったらありゃしない。
同じ震源地での地震は昨年以来断続的に起こっているが,一日でこれだけ集中したのは初めてである。東海地震とは直接関係ないというのが公式見解だが・・・。うーん。イヤ。
遙洋子の更年期障害的ヒステリーコラム,相変わらず面白い。今日は自分の失敗を他人に転嫁してブリブリ怒りまくるというもの。しかし京葉線に武蔵野線が乗り込むようになったのって何年前だ? 路線図を見るとか,少なくとも西船橋を通過したあたりでおかしいと気がつかないかね? ホントに府中本町まで行ってしまったとしたら,1時間40分以上も何の不安も抱かず電車に乗っていたということになる。間抜けとしか言いようがない。確かに東京の鉄道網の複雑さは世界最高レベルだとは思うが,世間知らずもたいがいにしてほしいものである。
加えて,暴力を目撃したってエピソードに至っては・・・黙って見ていただけならあんたも同罪だろ! 怒る資格があるとは到底思えないのだが・・・この人は上野ゼミで一体何を習ってきたというのだろう? これを掲載し続けている日経も何を考えているのかなぁ。読者の良識あるビジネスマン達は呆れていないのか?
このコラムの最後を締めくくる文句はこれだ。
病の治療は、自覚症状からしか始まらないのだから。
まったりと過ごします。
本日も寒い。寒いと石油ストーブをガンガン焚いて暖を取らねばならず,結果として室内にCO2のみならず,もっと危険なCOも残留する可能性が高まる。従って,週末の休日に行われるようになったお掃除の神降臨の儀式においては換気が必須となった。寒い寒いと言いながらそれに対して抗った結果,もっと寒い外気を週一とはいえ招き入れなければならない事態を招いたのである。「業(ごう)」という言葉の意味を深く知るようになった今日この頃である。
引越の見積もりのため,人を待っているのだが,お約束の時間になってもまだ来ないのでこれを書いている。そーゆーシチュエーションにおいて記述されたエントリは今までも多数あったが,どうもワシは本質的に「いらち」体質のようで,人様のやっていることがちょっとでももたつくと,途端に感情のマグマが煮えたぎってくるようなのである。ま,これが立場的にワシより××な相手なら,素直に(?)八つ当たりをすればいいのだが,対等以上の方に対してはそういう訳にも行かず,さりとて溜まったモヤモヤは解消せねばならず,しかしながらS○Xで解消しようにも相手が居るわけでなし,だからといってオ○ニーとて既にやり飽きたお年頃のワシとしては,blogに愚痴を書き散らす他,手はないのである。で,書く。
この時期になるとレポートや卒研や修論に行き詰まった方々が様々な検索キーワードを入力し,必要な情報を探しているようである。ワシのこのサイトにもそーゆーものらしき履歴が残るようになっているのだが,時には「これはあの先生の弟子の仕業であるな」と相手のプライバシー情報を推察できることも,ある。
一度,その某先生に「うちのサイトの文書なんぞ見てもしょーもないと言っておいて下さいよ」と申し上げたら,「うんうん,書いたものはともかく書いた奴の性格は最悪だと伝えておくよ」と快諾して頂けた。そんなわけで,日本の科学技術を担う未来のエンジニアの皆様方におかれましては,そのあたりの事情(なんだよそれ)を十分勘案の上,本サイトの情報を活用して頂きたい。
ニセ学位問題,続きますね~(朝日新聞)。しかしこの金沢大学の某准教授のコメントは聞き捨てならない。
准教授は「働きながら学べるのでニューポート大を選んだ。勉強しなくても得られる学位と誤解されるのが不快で削除した」と説明する。
あの~,ワシも現職のまま,日大で学位取りましたけど・・・。今時,社会人を受け入れていない大学院なんて,日本にはないんじゃないのかなぁ。ノラ博士問題が深刻化しているってのに,ニセ博士は野放図かよって,誰しも思うよな。調査としては手間だが,一度,博士論文データベース等に登録されていない教員と,海外の認定大学のDr.を持っている証拠のある教員以外は,全員精査する必要があるんじゃないのかしらん?
あと,これ以上ニセ博士を増やさない方策も必要だろう。啓蒙活動を積極的に行うと共に,Dr.持ちでないことをあれこれ突っつかれて引け目を感じている現職教員の方には,堂々としていればいい,と助言することも重要だろう。劣等感から来る焦りを先方は見抜いて接触してくるんだから。今はDr.持ちじゃなくても教授になれるんだしね。それが日本の高等教育のあり方として妥当かどうかという議論は,また別の次元の話である。
角川ホールディングスがYoutubeと連携(Internet Watch)。やっとまともな方向に日本のコンテンツホルダーも動き出したか,という感じ。JASRACや文藝家協会,ビジュアル著作権協会には「中を取る」という建設的な動きがないもんなぁ。結局,こういう,銭はないけど口だけ出すという「圧力団体」には無理な注文だったか。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い的発想で,日本からのアクセスは全面的に禁止にしろとか,馬鹿げた注文を出すだけの団体の行動って,そろそろビジネス的にもマズイ状況を生み出しているってことを自覚した方が良いんじゃないのかなぁ。入試問題にすら引用されなくなっちゃった硬い文章なんて,一体この先誰が読むっていうのよ?
読売新聞社説(2008-01-26)。吉村先生の反論を受けたのか,真っ向から株式会社立大学,特にサイバー大学を批判する内容。まあ誰が見ても読売の方が正論だわな。社主はともかく。
ワシがソフトバンクの経営者なら,適当なところで手打ちをするか,反論はしつつも負け確実な法廷闘争は避けるよう,吉村先生を説得するけどね。さてどう出ますか?>サイバー大学
まだ来ねぇな。そろそろ本格的な仕事の方に移行します(と言って出来た試しはないのだが)。
さっぶぅうううううううううう〜〜〜。東京は雪が薄く積もったようだが,静岡は雨どまりである。それでも寒いものは寒い。年のせいか,足下が寒くなると耐えられないので,研究室でもヒーターを机の下に置いてじわじわ暖めている。
「失踪日記」では,最初のホームレス生活の当初,毛布が手に入らず凍死寸前になる様が描かれている。寝ていても関節がバキバキきしみ出すそうだが,そんな状況になったらワシは人を殺してでも暖を取るかもしれんなぁ。
A few days ago, I wrote the blog entry in which I coundn't install Int4Sci package to Scilab on my Windows environment. Of course, it is completely written in Japanese, but the developer of Int4Sci found it very quickly from France through Google and emailed me! He said to use a automatic translation tool in order to read my entry. What a strong spirit!
He also emailed that he hoped to know my environment failed to install in detail because there are few testers now. So I must do some tests about it, but please wait a moment because of my business.... って通じるのか,こんな下手な英語でよ。ま,翻訳ツール使って日本語を読むぐらいだから,下手な英語でも何とか読んでちょ。もうちっと待ってね。
卒研も一段落したし,ゼミも終わったので,実習室のNFS/NISサーバのCentOS4をyum updateしたらまー大変。Xが起動しないのは想定内だが,コンソールからログインできなくなってしまった。しかも動作が非常にトロい。何があった? と,何とかSSHで潜り込んでみると,使っていないはずのLDAP認証が組み込まれ,nss_ldapがエラーを吐きまくっている。何で〜,ワシは既存環境のupdateだけをしたのであって,認証機構まで変更を望んだわけではないぞ〜。つーことで,そそくさとyum remove nss_ldapして事なきを得たのであった。
どーせ使わないんだから,OpenLDAPごと消しちゃえと試してみたら,出るわ出るわ,山のようにこれに依存するパッケージが出,あえなく断念したのであった。あ〜,時代はLDAPなのかしらん?
で,まあとりあえずは復旧したんだけど,nVidiaの純正ドライバを突っ込んだのに,画面表示が時々ちらつくトラブルが出るようになってしまった。VMwareのフルスクリーン表示では問題なさそうだけど,なんかちょっとイヤ。いっそのことCentOS5に上げたいところだが,うーん・・・どっしようかなぁ。しばらく悩もう。
原因不明のエラーのため,数値実験がストップ中。なぜ,Pentium DとAthlon 64 X2の環境でだけ転けるのだろう・・・? fenv.hのfegetround, fesetround関数を使っているだけだってのにぃ〜。
原因追及しながら寒い夜を過ごします。
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NetPIPE(NPtcp, NPmemcpy) for Win32 and Visual C++.NET 2003
Original Version : NetPIPE 3.7.1 + GNU getopt.c/getopt.h
2008-01-23 (Wed) Version 0.0 Patched by T.Kouya
Sources, NPtcp, NPmemcpy, MD5sum
Contact address: Please refer to the bottom line on http://na-inet.jp/
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** What's "netpipe371_win32.zip" ?
In order to follow newly released NetPIPE Version 3.7.1, we also released it for Visual C++.NET 2003, including the patched sources (*_tkpatch.h/c) referred to NetPIPE-win32.zip based on Version 3.6.2. You can obtain two binaries, netpipe371_win32_tcp.exe & netpipe371_win32_memcpy.exe, corresponding to NPtcp and NPmemcpy, respectively.
** Caution
1. This project and patched sources are published under "GNU Public License". For more information about this license, see http://www.gnu.org/licenses/gpl.html .
2. The executable and patched source files are WITHOUT ANY WARRANTY.
3. If you can sophisticate our sources or original NetPIPE for native Win32 environment, we hope to publish their sources under GPL.
** The simplest usages
* netpipe371_win32_tcp.exe
@TCP server side: run "netpipe371_win32_tcp.exe" without any options.
@TCP client side: run "netpipe371_win32_tcp.exe" with "-h [IP address of the TCP server]."
* netpipe371_win32_memcpy.exe
is a runnable standalone.
See "dox/README" file in NetPIPE.3.7.1.tar.gz for detailed options.
○目的
NetPIPE Version 3.7.1がリリースされたので,そのソースと以前Version 3.6.2用に書いたパッチ(NetPIPE-win32.zip)を元にVisual C++.NET 2003でコンパイルできるようにしたものです。NPtcp相当のバイナリ(netpipe371_win32_tcp.exe)とNPmemcpy相当のバイナリ(netpipe371_win32_memcpy.exe)が生成できます。
○注意
1. 本プログラムはGNU Public Licenseに従って公開されています。ライセンスの
詳細はhttp://www.gnu.org/licenses/gpl.htmlを参照して下さい。
2. 本プログラムは無保証です。
3. もっとましなパッチを作ってくれた人はぜひとも公開して下さい。
○一番簡単な使い方
* netpipe371_win32_tcp.exe
TCPサーバ側: netpipe371_win32_tcp
TCPクライアント側: netpipe371_win32_tcp -h TCPサーバのIPアドレス
* netpipe371_win32_memcpy.exe
そのまま単独で起動してください。
オプションの詳細はNetPIPE.3.7.1.tar.gzのdox/READMEを参照して下さい。
さぶ〜。平年並みの気温ではあるが,寒いのはやっぱりイヤだ。かといって暑いのもイヤ。常春の島,マリネラの国民にしていただけませんか?>殿下
サイバー大学の単位履修時における本人確認問題について,内田樹先生と奥村晴彦先生がそれぞれの思想と立場で私見を述べられている。奥村先生のblogにはまだ文科大臣のコメントへのリンクがないようだが,読売新聞の報道を追認する内容になっているので以下に引用しておく。
インターネット上ですべての講義を実施している株式会社立の「サイバー大学」(吉村作治学長)が学生の本人確認をしていなかった問題で、渡海文部科学相は22日の閣議後の記者会見で「これまでも厳重に指導をしてきた。にもかかわらず指導を守らないのなら、厳しく対処しなくてはならない」と発言、サイバー大が今年4月までに学生の本人確認をしなければ、学校教育法に基づく改善勧告も視野に厳しい措置を取る考えを示した。
「公正な監査を受けずに税金を逃れる大学法人や宗教法人がある中、株式会社立のサイバー大学では決算報告書を公開し、しかるべき利益が上がれば税金を納めるべきと考えている。このように大学改革を一生懸命やっている人間に対して、何の利益があってこのような記事を書くのか。我々には謝る理由はないので、法的対応も検討する。(経営に関与する)ソフトバンクには優秀な弁護士がいるので、読売新聞社は覚悟して欲しい。」(吉村氏)
まあ株式会社立の大学は何かと風当たりが強いんだろうから苛つくことも多かろうが,人間相手の仕事なんだから,忍耐強く頑張って欲しいものである。
卒研,概要までは全員仕上がった。しかし4人しか居ないとはいえ,6〜8回もダメ出しするとワシは一人で30回近く文章を推敲せねばならない。毎年のことではあるが,××な××を直すのはかなり労力が必要なのに,それをこんだけ繰り返しさせられると,神経が参ってしまう。真面目にやればやるほどシンドイ作業である。
サイバー大学の先生方は,直接学生とディスカッションする機会がそれほど持てるとは思えないのだが,卒研指導はどうするつもりなんだろう。まあ懇切丁寧な指導なんか不要な学生さんばっかりなら問題はないが,そもそもそーゆー方々ならばわざわざサイバー大学に通う必要もないよなぁ。
やっと頭が研究モードになってきた。早速一つのバグ発見,早々に直す。さて今週中にはこのネタは片付けてしまわないとなぁ。
つーことで今日はもう寝ます。
日本画家の片岡球子が103歳で亡くなった。何を書いても野太く不細工な野性味あふれる物体になってしまう特異な画風の持ち主だった。小学校で30年も小学校で教鞭を執っていたそうだから,子供達の絵に何か惹かれるものがあり,その影響を受けての画風だったのかなぁと思わなくもない。とまれ,103歳となれば大往生には違いない。感慨深いものがある。
さすが文化勲章画家だけのことはあって,片岡球子の訃報は大新聞社のWebページでは軒並みトップニュース扱いになっていた。朝日しかり,毎日しかり,日経しかり,そして読売も・・・なのだが,もうお分かりだろう。ワシは読売の記事のこの部分に引っかかりを覚えたのである。
82年、日本芸術院会員となり、89年には文化勲章を受章。最近まで制作意欲は衰えず、2005年、100歳を記念した個展では、「一生懸命上手になろうと毎日、へたな字を書いている」と書などを出品していた。生涯独身を通した。
・・・ふーん,つまり何かい,ノーベル賞を取ろうが,文化勲章を取ろうが,どんな高潔な人生を歩んだ人であっても,「独身」であればそれを突かれるという訳なのかい?
いや,「独身を通した」だから,それは褒め言葉なのだ,という人がいるかもしれない。しかしそれはお人好しの発想であり,かつ,既婚者のものに違いないのだ。そしてこの記事を書いた読売新聞の記者も既婚者に相違ないのである。
いや,ワシは既婚者に対して僻んでいるわけではない。僻みたくなる既婚者が居ることも事実だが,同情してしまう既婚者も枚挙にいとまがないのであるからして,既婚者を見ればパブロフの犬よろしく負け犬の条件反射的に僻むわけではないのだ。それにワシは何度も強調しているように,人は結婚するのが自然であり,結婚はするべきだと主張している。二人以上を養うに十分な収入があり,人格的に破綻を来していないのであれば,成人となった人間は結婚して当然だというのが世間の常識であり,ワシもそれは大いに首肯する。
だからワシは片岡球子が独身であったことを指摘していることに対して,引っかかりを覚えたのではない。カチンと来たのは「独身を通した」の「通した」という部分に対してである。ワシはこう言いたいのである。
「何故素直に「生涯独身でお気の毒にねぇ」と書かないのか?」と。
まあ,日本の良識を代表し,社主が「たかが選手」(ワシは一生忘れないからな,この言いぐさ)を支配しつつ,日本の2大政党を尚早にもくっつけようとしている新聞社の記者ともなれば,悪口をストレートに表現できないのは仕方のないことでは,ある。あるが,「独身を通した」とは何事であるか,とワシは言いたい。しかも追悼記事の最後にとってつけたようにこの「独身を通した」と書くとは,何と根性悪であることかっ! 小学校で30年も教鞭を執り,その後も大学で芸術を教え,死ぬ直前まで画業に勤しんだ高潔なる人生を全うしても,「独身を通した」というその一言で「あ〜あ,お気の毒様なことですねぇ」という纏められ方をしてしまうのである。
嗚呼,悲しきかな「独身」。かの酒井順子は名著「負け犬の遠吠え」において,「負け犬よ,仕事に精を出せ!」とカツを入れて文章を締めくくった。しかし,酒井先生,読売新聞のこの追悼記事を書いた記者は,そのようなあなたの教えを一言で打ち砕いたのであります。どんなに仕事に励もうとも,死んだ後は「独身を通した」と嫌みを言われてしまうのであります。なんと非情なことなのでしょう,酒井先生!
・・・とまぁ,同じく独身のワシはつい憤ってしまったのであるが,よく考えてみれば,このワンマンマン社主(@いしいひさいち)をいただく読売新聞の記者の「独身を通した」発言は,世間の意見を代弁しているだけとも言えるのである。つまり片岡球子が大往生を遂げた今,誰しも故人の芸術性を褒めちぎった後,やっぱり「お一人でしたのねぇ」と,ため息と共にその死を締めくくってしまうに違いないのである。これはつまり「負け犬でしたのねぇ」「何故,負け犬のままで終わってしまったのでしょうかねぇ」という,同情と憐憫と勝ち犬の持つ上から目線という奴を象徴しているのだ。
しかしそれに抗することは無駄であり,それは負け犬としては悄然として受け入れるしかない「常識」なのである。この記者が思わず書いてしまった「独身を通した」という一文は,この常識の持つ浸透圧によって押し出されてしまったものに違いないのだ。
「独身を通した」・・・ねぇ。思わず憤ってしまった,同じく現在進行形で「独身を通」しつつあるワシとしても,やっぱり,片岡球子に対しては「何でまた独身のままだったんですか?」という疑問を持ってしまうあたり,常識の浸透圧に慄然としてしまうのであった。
さっぶ~。この冬一番の冷え込みらしい。つーても初雪が降るでなし,日本海側に比べれば気楽なモンである。
さて,静大非常勤もあと残り2回。ホントはもう一回あるが,イレギュラーに火曜日にやらねばならないので休講。つーことで常微分方程式を2回講義したら定期試験をやって終了。次年度の依頼が来ないので,今回で最後かな? 華々しく難しくしてやろうかと画策中・・・でも問題作成が面倒だからなぁ。もう少し悩むことにしようっと。
MacBook Air発売開始。うーん,無線LANのみだと,有線LANしか備えていない旅先のホテルで困ることがありそうだなぁ。家で使うにしても,GbEが欲しい時もあるし。何にせよ,昨年MacBookを買ったばっかりなので,食指が動くことはないな。それよかLeopardを導入するかどうかを考えねば。この際,一気にBootCampを導入して,WindowsもNativeにシャカシャカ動かす環境を作った方がいいかもね。
一番惹かれるのは1kg台の重量だが,小さいだけならLet's Noteの方がよさそう。工人舎はもっと小さいマシンを作っているけど,作りがちゃっちくて,筐体がぺなぺなで,CPUもショボイので論外。あーゆーものはケチくさい団塊親父が老眼をものともせず買って更に目を悪くするための姥捨てツールでしかない。・・・え?特定のモデルはおりませんですよ,ほほほほほほほ。
何にせよ,ワシには関係のないマシンであるな。今使っているMacBookが逝かれてしまう3年後ぐらいに検討するかも。
16GBのSDカードが一万円切りかぁ(PC Watch)。安くなったモンである。ビデオ撮りには絶対HDDが必要とばかりにEverioとかSonyのHDDハンディカムを買っちまったが,SDカードがこれだけ大容量化して,SSDが64GBなんて容量になると,衝撃に弱いHDDは敬遠されるだろうなぁ。時代は常に流れ,止まることを知らないのだな。
ここんとこ真面目に仕事をしていないので,胃腸は快調,ストレスフリーである。おかげで便通がよく,本日も出かける直前に肛門が刺激されてトイレに駆け込むハメに。もう少しで電車に乗り遅れるところであった。しかしメタボ腹は相変わらず。高千穂さん見習って自転車通勤でもしなきゃダメかなぁ。引っ越したら考えようか。ガソリンも高いし,節約になって一石二鳥だしな。
マンションの銭払いは予定通り,内覧会後ということにしてもらった。もめるかと思ったらあっさりオッケー。面倒なことを言い出したらキャンセルも覚悟していたので拍子抜け。しかし本当にこの調子で2月に竣工するのか? 不安は尽きない。
あ,秋田の研究会のプログラムができたか。どーれどれ,どなたが喋るのかなぁ・・・げげっ,常連さんは少ないぞ・・・やめときゃ良かったか。夏に喋ったっきり,全然進んでないモンなぁ。論文にするすると言い続けて半年,うー・・・3月までには何とか・・・するぞ!
明日から共通テスト。ワシは二日目の担当なので,明日は英気を養わせて頂きます。で,月曜日に本年度最後の講義,ゼミ,と。卒研は概要が出来てくる・・・筈だよな。一発で出来ると思うなよ>4年生。短い文章が一番難しいのだ。
ぼちぼちやって寝ます。
卒論執筆佳境である。まあ,もうちっとだ,頑張れ>4人
TBSラジオ・ストリームの1/14(月)タチヨミスト☆SHINGOさんの週刊誌チェックを聞いて気になったので,週刊現代1/26号を買ってみた。あったあった,「総直撃!「ニセ博士」大学教授25人の「実名」と「言い訳」」。所謂,Degree Millから博士号を取ったと称している(いた)大学教員のうち,回答があった25名についての記事である。P.166に25人の一覧表があり,「本人のコメント」が面白い。誰が言っているかは記事を確認してもらうとして,気になるものを挙げてみると・・・
・「業績の中身を評価してもらった。付き合いの一つだ。」
・・・何のお付き合いなんだか・・・。
・「2年で約130本の論文を書いて修士号を取得。確かに日本語で論文を(書いて)提出したが,日本校の教授は日本人だ」
・・・いやぁ,130本の論文ってのは凄いなぁ。どうやって2年間でこんなに書けるのか,ワシは是非知りたいぞ。しかし日本語で論文を書くぐらいなら,日本の大学に出せばいいのにね。
・「学位を取るのに4年かかって,レポートをきちんと書いた。お金を払ってポンともらえるものではなかった」
・・・博士号って,レポートをきちんと書いたら必ず取れるとゆーもんじゃない筈だが。
・「日本語の論文を2年がかりで作成して学位を取得した。学内調査でも,問題ないと判断されている」
・・・どういう意味で「問題ない」という判断だったのか,知りたいな。
一番の傑作はコレ。
・「日本の大学だって,海外ならば非認定校だ。ディプロマミルと同列視されるのは,とても不愉快だ」
・・・ま,いろんな「教授」がいらっしゃるようで。
ただ看過できないものもある。
・「個人情報なので答える必要はない。」
あーのーなー,Dr.をどこでどういう論文を書いて取ったかってのはきわめて重要な「公開情報」だぜ。非公開の「博士論文」なんてモンはないの!
そーいや,「数学」には毎年Master/Doctor取得者のリストが出るのだが,最近は名前を公開したくないという輩がいるらしく,名前が出ないものも散見されるようになっている。
ちょっと気の毒なのは吉村作治先生。「迂闊だった。早稲田大学にも博士論文を同時提出しており,結果的には問題なかったと思う」と言っている通り,確かに早大から博士(工学)を取得しているんだよね。そのことぐらいは書いてあげなきゃ>週刊現代
しかし,何でまたDegree Millに手を出したのかな。やっぱり文学博士が欲しかったのかな?
そういや,正月明けに早々と再査読報告書を送って以来,久々に査読を抱えていない日々を送っていたのであった。いやー爽快爽快。しばらく送ってこないでよ>某編集委員様
某シンポジウム(ワシが言ったら某にならんがな)の主催者の先生から,F先生とワシに名前を貸せ(幹事になれ)というご依頼。断る理由もなし,名前が出るお仕事ならナンボでも引き受け末世((c)高橋留美子)と返信。
ボチボチやって寝ます。
「乳房とサルトル」[ Amazon ] ISBN 978-4-334-78496-6, ¥619
「神田村通信」[ Amazon ] ISBN 978-4-86029-218-8, ¥1600
この年末から正月にかけては鹿島茂の本を楽しませて貰った。日本では希有な体力と人気を誇る書き手についてワシが今更あれこれ言う必要はないのだが,自分用のメモとしてこの2冊を読んで感心したところをワシなりにまとめておかねばと思ったので,このエントリを立てた次第である。鹿島茂の読者である方にとっては役に立たない文章になるのは間違いないので,ま,適当に読み流して頂きたい。
一応,大学教員という世界に身を置いてぼちぼち10年になろうかという経験から言うと,学者として優れている教員は,教育者としても優れているし,学内の雑用(と呼ばれているが,組織としては不可欠な手続きが大部分)においても手腕を発揮することが多い。逆に言えば,学生から総スカンを食らうような講義しかできない教員は,学者としても疑問符を付けられることが多く,組織人としての仕事もろくすっぽ出来ない,ということである。ワシ自身はもちろん後者に属するダメ教員であるが,鹿島茂は間違いなく前者の代表格なんだろうと思える。ま,こんだけ各種媒体に文章を発表していてどこに組織人としての仕事をする暇があるのかな,とは思うが,そういう仕事をやらねばならないとなれば,馬車馬のように片付けてしまう筈である。
これはつまり,体力の違いという奴である。古谷三敏の傑作漫画「寄席芸人伝」では,体力のない落語家がマラソンに勤しんで芸を立て直すという話が出てくるが,これを基礎付けるものとして,ベテラン落語家がある日本の小説家(誰かは不明)から「ロシアの小説に長ぇのが多いのは,体力が違うからだ」という話を聞いた,ということが紹介されている。人間の脳は他の哺乳類と比較してもダントツにエネルギーを費やす部位になっているために,それを下支えする他の器官が丈夫でないと旺盛な頭脳活動を維持できない,ということは,言われてみれば当たり前のことである。そして,活発な頭脳活動が出来れば体力もあり,体力があれば他の肉体活動もこなすことが出来る訳である。
「乳房とサルトル」は文藝春秋の「オール読物」に連載されていたエッセイをまとめたものだが,これは単なる雑学エッセイではなく,知識の正しい使い方を踏まえたプチ論文集になっている。よくもまぁこんだけ大量の本を読み,その内容を正しく把握した上で,既存の知識をくみ上げて一つの仮説を惜しみなく開陳できるものだと感心する。
例えばタイトルに挙げられている「乳房」は巻頭のエッセイ「巨乳 vs. 小乳」から来ているが,このエッセイでは,現在日本の巨乳ブームというものを長い歴史的スパンから俯瞰してみると,これも一つの文化現象として位置づけられるという事実を知らしめてくれるし,「サルトル」については,「マロニエの木の根っこの会」(P.196〜204)において,有名な「嘔吐」というものがサルトルの植物嫌悪に由来するものではないか,という仮説を多くの事実を踏まえて論証している。トンデモに流れず,具体的な事実を踏まえて確実な論証の道を教えてくれるというエッセイは,優れた学者が持つ凄みを教えてくれるという意味で貴重なものであるが,それを長年続けているのだから呆れてしまう。一体全体どっからその活動を支える「体力」が出てくるのか,不思議というほかない。
恐らく体力以外の秘訣があるんだろう,と思っていたら,その内実の一端が明かさせるエッセイ集が昨年末に刊行されたのであった。それが「神田村通信」である。
この「神田村」とは,もちろん,世界にもまれな本の町・神田神保町のことである。鹿島茂の知的活動はこの神保町が支えていたのである。
まず,職場が共立女子大という,学士会館のすぐ近く,神保町まで歩いて数分という立地であることが大きかったようだ。欲しい資料があれば,普段から目星を付けた古本屋へ飛んで行けるというのは,本好きのワシとしても羨ましい。ワシもかつては駿河台の日大・理工学部に通っていたから,ちょっと研究に疲れると坂を下って靖国通りをウロウロしたものである。鹿島茂の活動は,神保町という知の源泉抜きには存在し得ないものだったのだ。
しかも現在は神保町に個人事務所を構え,自宅も神保町のマンションに移してしまったと言うではないか。これはもう末期症状という他なく,羨ましいを通り越して呆れてしまう。
ま,都心に衣食住の拠点を移してしまったことで,副作用というものもあるようだ。それは本書で確認していただくとして,良いことも悪いことも余すところなく書いていて恬淡として諦めていないところは素敵である。出来の悪い学者と言えど口は立つから,ダメ大学教員でも批評だけはいっぱしのことが言えるものである。人をくさすのは簡単なことなのだ(ここでワシもやっているし)。しかし,経済を含めた社会活動を続けて行くには,他人の批判をすることよりも,批判される側に立つ,つまり,自ら飛び込んでいくしかないのだ。
ワシは,世間の注視や非難を浴びつつも泳ぎ続ける姿に対して感動するタイプである。小林よしりんもそうだし,小谷野敦も内田樹もそうだ。他にも無名ながら「泳ぎ続ける」人たちが沢山いて,この先ワシの短い人生ではそういう人間だけを見ていきたいな,と念願しているのである。この2冊の著作を読み,どうやら鹿島茂もその一人としてカウントしていいことが分かったので,これからのご活躍を眺めていきたいと,ワシは正月早々決意した次第である。
昨日は雨がシトシト降る冬らしくない日であった。こんな日に限ってマンションの入居説明会。土地と部屋の登記手続き,電力会社からのオール電化設備と電力使用量についての説明,管理会社と引越業者からの説明等があったのだが,肝心の建物が

この状態である。これで2週間後には銭を振り込まねばならず,しかもそれが内覧会の前と来た。支払ったら最後,トンズラされてしまうのではないかと気が気でないのである。あと2週間は入念にストーカー行為に勤しまねばならぬ。せめて入金時にはホロぐらい取ってもらいたいものだ。
説明会の後,完成間近のモデルルームを全員で見学。思っていたより綺麗だし広いなぁ,と思う。思うが自分の部屋ではないし,こんなに沢山の家具を置く予定もないし,ワシの部屋はもっと狭いのである。早く自分の所がどうなるかを確認したいんだよなぁ。こんだけ待ったんだから,しっかりやって頂きたい。
本日は浜松にて桂南光独演会。

会場で配られた静岡県内落語会のスケジュールを見ると,前日は静岡市で一席こなしてきたらしい。そのせいか,ちょっと口が回らないところがあったが,全体としてはよく客席を沸かせていた。ワシも満足である。演題は「質屋蔵」(かな?)と「胴切り」。他には雀五郎・千朝。こちらも楽しめました。
次回は3/26(水)のたい平独演会である。これが終わるとしばらくフォルテホールでの落語会はないらしい。落語のような動きの少ない話芸はこぢんまりしたこの会場が向いていると思うので,再開を強く期待したい。
余韻に浸りながら寝ます。
ふ〜,やっと精神が始動してきた感じ。徐々に復活していこうっと。
へ〜,草思社が民事再生法適用申請とのこと。ストール本(10/22の記事)が研究室に埋まってたかな?
最近は売り上げが減っていたそうだが,翻訳書や評論本だけでは,文芸書やタレント本で業績を伸ばしてきた幻冬舎のようにいかないものなのかなぁ。まぁ筑摩も一度潰れているし,助力を申し出ている企業もあるそうなので,そんなに心配することはないかな。
本日は出勤前に金貸の算段をしてきた。1時間程でワシは××××万円の借金持ちになることが確定したわけである。完済まで20年の猶予を貰っているが,××の状況を考えると,半分の10年で満額返すつもりで働かねばならぬ。早くブラック師匠の借金よりも減らしたいものだ。
これで全ての書類に記入は終わったが,手続きを完了させるためには,先に転居手続きが必要とのことである(転居後の住所が入った書類が要るのだ)。自分の持ち物になる前の家なのに,掛川市役所で「もう引っ越しちゃいました〜」という真っ赤な嘘をつかねばならないのだ。これは家を買う人間が必ず直面する法制上の矛盾という奴らしい。まあ先方もその辺の事情はよく分かっているので,大概は問題なく嘘の転居手続きが行えるのだが,ワシの家の場合は「嘘をつくにも程がある」状態なので(号泣),2月上旬ぐらいまでは待った方がいいとのこと。何せ,駅前商店街のど真ん中の建物なので,「未完成なのが丸わかり」(担当H女史談)なんだそうである。・・・そんな有名な所とは露知らず,困ったモノである。ワシの予測では,さらに完成は一月程遅れるな,きっと。
8月には恒例の(身内では「高齢の」と称している)集まりをワシの家でやることになりそうなので,ま,いくらなんでもそれまでには出来てる・・・よな。本来なら昨年の8月下旬には入居予定だったんだからさぁ。
日本の科学技術の綻びが垣間見えたニュースである。
「550億円の陸域観測衛星、誤差やノイズで地図作れず」(読売新聞)
さらに、画像のノイズがひどいこともわかった。衛星画像は地上送信時に圧縮されるが、撮影した地表面の様子が予想以上に多種多様だったため、元の画像データに戻すことができなかった。宇宙機構は「事前に地上試験を行ったが、見抜けなかった」としている。
らき☆すた効果で,かがみとつかさ(双子)の住んでいる神社のモデルとなった所の参拝客が増えたという記事(毎日新聞)。主題歌のRemix版も売り上げ好調らしい。ふーん。
一体このアニメのどこが面白かったのか,といぶかる向きはこちらの記事を読むと良い。ワシが嵌っちゃった勘所は全部網羅してあるので,これ以上何か付け加える必要もないぐらいである。
それにしても不思議なのは,明らかな違法uploadなのに全話がYouTubeで視聴できること。熱心な輩は全世界にいるようで,ワシが見た範囲では英語とスペイン語の字幕バージョンまであった。角川がこのことを知らないはずもないから,模様眺めってことなのかな。三崎さんのレポートを読むと,角川のこの不思議な姿勢が少しは理解できそうである。
Interval Arithmeticにはどんなライブラリがいいのかなぁ〜と探ってみたが,やっぱり多倍長だとMPFIぐらいしか使えそうなモノがない。倍精度用にとINTLABを使おうとしてもMatlabなんて高いソフトは買えないから,Scilab用のInt4Sciでも使おうか,とやってみたが,buildでこけてしまう。うーん,何が悪いんだか。nmake用のMakefileがおかしいのかな? ちょっと見ても原因がよく分からん。つーことで,当分はMPFIで頑張るしかなさそうである。
ボチボチやって寝ます。
ふ〜,年明け一発目の講義と卒論チェックと3年生ゼミ。やっぱり無理矢理でも体を動かさないと何も進まないね。
ちょっと気になるコラム。
牧太郎の大きな声では言えないが…:結婚する結婚詐欺師?
「大好きです。あなたの子供が欲しい」と言われて結婚したら、専業主婦とは名ばかり。掃除、洗濯、料理はまるでダメ。亭主が出勤するとエステ、三つ星レストラン、ブランドショップ。果てはパチンコ。夜はホストクラブに入り浸って午前様。不倫も時々。亭主とはセックスレス。子供ができるハズもない。
家計は独占。亭主の小遣いはスズメの涙。もちろん、高額の生命保険をかけているから、亭主が抵抗すれば病気と見せかけて……ああ「結婚する結婚詐欺師」は恐ろしい。
一体全体誰がモデルなんだ,これ。そういう旦那の方はどれほどご立派な方なのかって言いたくなる。まずは女性を見る目がなかったと自己反省し,更に掃除・洗濯・料理を相手に頼り切ろうとした己の態度を改めるべきではないかな。同情するのはそのあとだね。
おお,著者の方からダイレクトに反応があった。
ん〜,ワシの読みづらい文章をきちんと読み取っているところはさすがです。直リンクと的確な引用ありがとうございます。しっかしこんなマイナーなblogまで,よくチェックしてるよなぁ。
自費出版の新風舎が倒産とのこと。ビブロスの親会社もこのビジネスがうまくいかず,巻き込まれて潰れちゃったんだよなぁ。
以前にも書いたけど,ワシはこの自費出版の被害者には全く同情していない。自分で可能な営業努力もせずに金で解決しようという根性がいけ好かないからだ。宣伝だけならWebもblogもあるし,販売場所ならコミケだって文学フリマだってあるし,版下さえ作ることが出来れば同人誌印刷でかなり安く本を作ることだって可能なのである。その上でどうしても自費出版に頼るのなら,SF作家の堀晃さんの記事を読んでおくぐらいのことはすべきだよね。
ボチボチやって寝ます。
[ Amazon ] ISBN 978-4-06-214439-1, \1400
歴史に名を残してきた科学者の評伝というのは例外なく面白い。もし面白くないとすれば,それは文章のレベルが低いか,読み手の科学的知識が不足しているか,そのどちらかである。もともと後世に残る程の業績がある人間なのであるから,どこかしら「普通でない部分」があるのは当然であるし,その「科学的業績」だけを取り上げてもその偉大さに比例した面白さが得られるのだから,評伝が面白くない筈はないのだ。
しかし,残念ながら「科学的業績」に力点を置いてしまうと,読者としてはそれに関する知識のある人間だけに限定してしまうので,商業的にはあまり芳しくないことになる。数式ゼロの,専門用語を極力廃した文章だけで科学的業績を書こうとすると,どうしても長くなってしまい,本が分厚くなってしまう。それなりに広い読者層にアピールするためには,せいぜいブルーバックスのように,ピンポイントの話題を選択してコンパクトにまとめる程度にしておく必要がある・・・が,それでも読者が限定されてしまうきらいがある。従って,普通の大手出版社から出ている新書では,「科学的業績」よりは「普通でない部分」に力点を置いて紹介せざるを得なくなる。つまりは,ワイドショー的な下世話な所をほじくり出して,「あの偉大な科学者がこんな生活(生涯)を送ってきた!」ってなものになりがちだ。それはそれで読み物としてはアリ,とは思うが,それが何かの学問的価値があるかどうか,となると話は別だ。こういう手のものを書くのは大概大学などに籍のある科学史家なので,自らの学問的良心と,商業的な要求とのバランスを取って(こういう思考を「最適化」と呼ぶ),「ガリレオの求職活動 ニュートンの家計簿―科学者たちの生活と仕事」みたいな面白い本が出来上がってくるのであろう。
内田麻理香は,カソウケンの研究者という肩書きで身近な科学を面白く上品な筆致で紹介してきた希有な書き手である。伊達に東大のDr.コースをを出てないな,と思わせる博覧な彼女は,しかし,自分なりの16人の科学者(ファーブルや南方熊楠のような枠に納めづらい人間も含んでいる)の評伝を書くに当たって「最適化」の手法を潔く捨てたのである。ワイドショー的「普通でない部分」にのみ力点を置き,そこだけ,を端正な読みやすい文章で綴ったのである。副題が"The Handsome Scientists"になっているので美形の科学者だけを取り上げたとも読めるが,ワシら扁平顔の黄色人種から見れば,西洋ゲルマン系の男どもの若い時分の顔は大概美形であるから,内田がまえがきで書いている通り,選択の基準はそれだけではない 。本書のタイトル「恋する天才科学者」の「恋する」の主語は当然・内田本人であろうが,惚れているのは「科学的業績」であって,顔だけじゃないのである。しかし内田は,この業績部分は殆ど全て巻末の参考文献に譲り,下世話な部分だけをミーハー的な読ませる文章で綴ったのである。
この取り上げ方には異論が多々あるかも知れない。特にそろそろ絶滅しかけている真面目な堅物の学者様には不評かもしれない。しかしワシも含む多くの現役研究者は本書の存在意義を大いに認めるだろうし,内田もそれは狙って書いている。まるで韓流イケメン俳優にうつつを抜かす中年オハバンのようなミーハーさを装ってはいるが,その後ろには相当のバランス感覚が手綱を引いていて,「普通でない部分」の描き方はかなり客観的だ。それは相当の読書量と,Dr.まで進んで現在東大の特任教員にまで就任するだけの科学的知識・社会的常識に裏付けられたものなのだろう。ファーブルの記述では養老孟司の引用や「昆虫くん」(酒井順子言うところの「宇宙人」だな)の話もあったりして,同じ「昆虫くん」のワシとしては,いやぁ申し訳ない,と苦笑しながら読ませて頂いた。
理数系離れが叫ばれる昨今だが,多くの理数系入門書が書いている内容は似たり寄ったりの手垢にまみれた「分かりやすいトピック」だけを取り上げたものばかりであり,本気で理数系に進もうとしている読者には遠からず飽きられてしまうだろう。本書はその中でも異色の「理数系としての生き方」に絞った入門書であり,世間的に居づらさを覚えているオタクな人間には一種の共感を持って読める本だ。多分,内田にしか書けない軽さ(を装っている)を持った本書は,今のところ,ワシにとっては女性にも勧められるNo.1の「科学入門書」なのである。
ふ〜・・・完全なる寝正月を過ごしてしまった。明日から仕事。平常運転に戻らねばならない。うま煮は三が日どころか,二日目で全部平らげてしまった。植物繊維をたっぷり取ったせいか,便通がいい。ケツの穴が楽なのは久しぶりである。
箱根駅伝は早稲田と駒大との一騎打ちになって,駒大が優勝。日東駒専がメディア上で活躍できる数少ない機会だが,日大は相変わらずシード権を確保するレベルに留まっているのが残念。学生数だけなら文字通り日本一なのだが,選手の出身学部を見ると殆ど文系学部,たま〜に理工学部が混じるだけだな。つまり真面目に勉強しなきゃダメな学部からは(以下略)。ともかく,もうちっと頑張れ。
今日は寝て起きて飯食って寝て・・・で一日が暮れた。寝過ぎたせいで頭が痛い。土曜日は東京往復なので,それまでに2回目の査読報告をせねば。ま,ワシ以上にいっぱい文句付けた第一査読者の指摘のおかげであらかた直っているようなので,あまりコメントすることもなさそうだが。
いつの間にやらここにupしたエントリ数が1000を超えたようだ。日記開始以来,今年は10年目を迎えるし,blog形式に変更してからも5年目となる。ぽっつんぽっつん,断続的に止まるともなく,さりとて爆発的人気を得ることもなく,コメント機能もoffにしてあるから炎上することもなく続いているのも,このシステムが性に合っているからなんだろうな。今のところ止めるつもりもないが,ある日突然打ち切りにする可能性がなきにしもあらず。ま,続く時は続く,終わる時は終わる,全てはなるようになるのである。無理せずマイペースでやっていきます。
昨年からやり残したぷちめれを書いたら寝ます。
2008年の初日はピーカン晴れ。遠州名物空っ風が強い。日本海側は大雪のようだ。
昨年は過去最大の仕事量だったが,今年は少し減らす予定。いい加減,レベルはともかく,査読論文を継続的に書いていかないとねぇ。ワシの場合,完全な単著となるので,年に1〜2本あればかなり上出来な方。acceptされるかどうかは置いておいて,このレベルを今後10年は続けたいなぁ・・・と,希望的観測。査読ばっかりしている評論家にだけはなるまいぞ。
大晦日は一日中,煮物を仕込んでいた。ワシの場合,おせち料理としてはうま煮(筑前煮)だけあればよく,これに年越しそば兼雑煮汁が加われば,他には何もいらない。とはいえ,余った材料をほったらかしにするのももったいないので,きんぴらも作った。これで全ての食材を使い切る。
煮込み料理ってのは場数を踏まないと上達しないものであるが,大分修行を積んだので,今年のうま煮は最高の出来となった。

絹さやの緑,銀杏の黄,人参の赤が入って色のバランスは完璧なのだが,全体的に薄味になったのと,百合根をもうちっと煮込む必要があったかな,という2点については改善の余地有り。来年への課題としよう。
ボウル一杯分になってしまったが,こんなに作っても三が日に全部平らげてしまうのであった。
さてボチボチ散歩がてらの地元初詣でもしますか。
ただいま。10円でどれほどの御利益があるかどうか不明だが,現在の全財産が

しかないんだから致し方なし。でも今は元旦でもコンビニATMが使えるんだよな。今のところ,三が日に銭を使う用事は他にないけど。
らき☆すた特需に沸く地元。うーむ・・・。
ボチボチ過ごします。