内田樹「ひとりでは生きられないのも芸のうち」文藝春秋

[ Amazon ] ISBN 978-4-16-369690-4, \1400

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 昨年逝去した作詞家・阿久悠は,今の流行曲と自分の書いてきた歌詞についてこんなことを述懐していた。曰く,今の歌は『わたし』なんだね,ぼくのは『あなた』なんだよ,と。
 本書を一言でまとめるならば,このような「あなた」から「わたし」への行き過ぎた世の流れに棹さす現代批評集,ということになる。
 ま,そんなもの,blogにも書籍にも雑誌にも山ほどあるさ,とお思いになったあなた(お,早速出た),ま,ちょいとお待ちなさい。本書に掲載されている短文は著者本人のblog記事が元になっているが,毎日それをウオッチしているワシも,改めて感心しながら読んじまったぐらい,本書は面白い読み物になっているのだ。
 どこが面白いかってぇと,まず内容が「常識的」なことが挙げられる。以前,著者・ウチダはデカルトの一文,理想郷を探索中であるなら,まずは現在自分が生きている社会とそこに根付いている常識に身を委ねておきましょう,という意味のものを引用していた。しかし,最終的にはイデアを希求していたデカルトとは異なり,ウチダの論法は歴史的構築物である「現在地」こそが最終的な着地点であるという揺るぎない確信に支えられたものなのである。古今東西論客の信頼の置ける文献に依拠しつつ,決して純粋すぎる方向には向かわない謙虚さと常識性を兼ね備えているのである。
 次に,好奇心が旺盛で,かつ体力に溢れているご仁であるため活動が多岐に渡っており,いわゆるアームチェア・ディテクティブのような眼高手低的文章にはなっていない,ということが挙げられよう。大学内では役職を大過なくこなし,新聞連載をこなし,合気道の鍛錬に励むと共に,長期休暇(っても教師にはやることが山のようにあるのだよ)には様々な論客と対談をしたり各種媒体からインタビューを受けたりしつつ,箱根に籠って麻雀三昧の日々を過ごしたりするのである。疲れねーかふつー? こんなアクティブに他人と熱くコミュニケートする人間の書いた「ひとりでは生きられない」というメッセージを込めたものであるから,自らは沢山の弟子や信奉者に囲まれて過ごしているくせに「一人で老後を過ごすのは楽しい」的な自己チュー本を書く奴よりはよほど信用できるというものである。

 既に一人暮らしを始めて20年以上にもなろうかという中年ひとりもののワシであるが,最近ますます「ひとりでは生きられない」という当たり前の事実を身に染みて感じさせられることが多くなってきた。本書を他人にお勧めしたくなっているのも,そうした身に染みて感じる同等の寂しさがそうさせているのかなぁ,と思う。願わくば「プロジェクト佐分利信」(P.63〜67)の成果に一縷の望みを託したく,これからのご活躍を祈念したいのである。ぐっすん。