高世えり子「理系クン」文藝春秋

[ Amazon ] ISBN 978-4-16-370510-1, \1000

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 本書を読みながら,ワシは推理していたのである。表紙に登場する二人のカップルが通っていた大学はW大かKO大か?・・・と。「分散処理記述言語のランタイムを作っていた」(P.17)とか「ベンチャー」「FreeBSD」という(P.32)という言葉からして,どーも雰囲気としてはKOっぽい,というのがワシの一応の結論なのだが,違っていたらごめんなさい。しかし分散処理記述言語って華々しい成功を収めたモンが少ないよな,結局今でもMPIとかPthreadとか良くてOpenMP,ヘタすりゃ今でもソケットライブラリレベルからシコシコ書くしかないんだからメンドっくせぇ~・・・はっ,イカンイカン,ついついワシも「理系的妄想」に填り込んでしまった。本書はそーゆー「妄想くん」,イマドキの恋愛テクニカルタームで言うところの「草食系男子」を彼氏に選んだ文系女性の「未知との遭遇」を描いた傑作エッセイマンガなのであるからして,ここは一つ,ぐっと理系専門用語を使うのを抑えて内容の紹介に努めることにしたい。

 作者の高世えり子を知ったのは創作系同人イベントの草分け,コミティアのWebに掲載されたエッセイマンガである。一目見て,これはプロ級だなぁと思っていたのだが,やっぱりプチコミでデビューされていた方だとWeb経由で判明した。コミティアの新人発掘能力の凄さを改めて思い知らされたわけだが,まだデビューから日が浅いので,単行本が出るのは随分先なんだろうなぁ~と思っていたところ,本書が8月に出版されると知り,先頃ようやく入手できた次第である。しかし,デビューした小学館とは別の,しかもマンガではコミックビンゴの蹉跌以来,殆ど新刊を出してこなかった文藝春秋から出たという経緯がよく分からない。ご存じの方教えて下さい。
 それはともかく,本書は目出度く旦那様となられた「理系男子」との恋愛記録であると同時に,大学入学まで接することのなかった人種の有り様を学んでいく「学習マンガ」でもあるのだ。しかし・・・いや,齢40にもなれば分かってはいるものの,ワシらのようなタイプの「理系クン」がそれほどまでに特殊な,そして世の失笑を誘う特性を持っているとは,若い頃には想像もしなかったのである。世の女性方には伏してお詫び申し上げる次第である。しかし,近頃は「草食系男子」なる存在が認知されつつあるようなので,その一類型として寛容に扱って頂ければ,それなりに日本社会の維持と,女性方の幸福な(?)夫婦生活の構築にはお役に立つに違いないのである。だから・・・オールド「理系クン」であるワシとしては,是非とも本書が世の女性達の啓蒙書として広く流布されることを願わずにはいられないのだ。

 「理系クン」の特性については,既に「プログラマの妻たち」(ビレッジセンター)や,マイコミ「理系のための恋愛論」である程度認知されていると思うのだが,おもしろおかしく描いてくれる著者の実体験エッセイマンガは恐らく本書が初めてだろう。しかもハッピーエンド。よって,世のオクテな理系クン達には朗報・・・とすんなりいけば,ラッキーだ。しかし逆に,世にはびこる女性たちの持つ共同幻想を打ち砕いてしまい,理系クンから手を引いてしまう結果になりはしないか?・・・という,一抹の不安を拭えないのだ。
 帯の文句にある「理系クンは浮気をしない」云々の格言は,本書に挟まれる「理系クン観察レポート」から抜粋されたモノであるが,宣伝文句としてはしゃーないとはいえ,いいとこだけをより抜きすぎているきらいがある。実はもっと沢山のネガティブな特徴を高世は見抜いているのだ。曰く,

 ・「女性の欲しいモノが分からない」(P.85)
 ・「女性への免疫がない」(同)
 ・「いつも忙しい」(P.130)
 ・「メールが事務的」(P.151)

等々。これらは全て実際に高世が経験し,本書に描いたマンガから得られたものであり,ワシから見ても,ただ一項目を除けば,正しいものばかりである。もちろん,女性と接することでこれらの欠点を補正できる奴も皆無ではないが,大部分は修正できないまま人生を終えることになるのだ。これはつまり,そういう人格を育んでしまう学問的な特性があるからとも言えるが,ワシが見る限り,高世が挙げた37の項目に当てはまる人間的素地がもともと備わっていた奴が「理系クン」になる,という方が正しいように思われるのだ。
 だから! ここは世の女性達に声を大にして言いたいのだ。「理系クン」を根本的に矯正することは不可能であり,こーゆー輩と人生を共にしようというのなら,高世が辿り着いた一種の「諦念」が不可欠である,と。あとり硅子が作品を通じて発していた,あの重要な観念を持たねば,理系クンとのお付き合いはできないが,しかしその引き替えとして,平穏無事な家庭を長期に渡って(恐らくは「死が二人を分かつまで」)維持することが可能となるのである。ここの所をきちんと読み取って貰えれば,女性の「私に奉仕してくれる一方の男」なる共同幻想を砕いてくれる共に,理系クンの価値を認識して貰えるはずである。諸刃の剣だが,ワシは後者の効能を期待したい。

 惚れた振られたを繰り返す波瀾万丈の人生を選択するのもアリなんだろうが,恋愛期間中からDVに走る男にとっつかまる危険を冒すことが果たしていいことなのかどうか。どーも酒井順子はそれが原因で「負け犬」になってしまったようなのだが,人生のどこかで「理系クン」っぽい男を,「宇宙人」などと毛嫌いせずに諦念を持って受け入れていればあんなベストセラーを書くハメ(?)にならず,平穏無事な人生を送れたろうにと思うのである。反面,高世は,もともと理系クンを受け入れる性格的素地があったとは言え,彼とのつき合いを通じて理系クンを学習し,早々と二十台でゴールインした上に,その学習成果をネタとして咀嚼し,魅力的な絵で本書を書き下ろすことに成功したのだ。ワシとしては更にこれが「負け犬の遠吠え」並に売れることで,理系クンを含む「草食系男子」の価値を喧伝する効果が高まることを期待するのである。

 ちなみに,ワシが「違うな」と感じた理系クンの特徴の一つは

 ・「自分の分野の専門用語を説明しないで一般人に使う」(P.39)

である。まあ若いうちにはそーゆー奴も中にはいるんだろうが,専門外の人たちへのプレゼン能力が求められる昨今では,それなりにかみ砕いた説明をしなければならない機会は増えているので,難解なテクニカルタームは極力回避するように訓練されている筈だ。高世が面食らったP.26~27の理系クンの解説,実はかなり「かみ砕いた説明」になっているので,この辺誤解なきように。更に言えば,それを心がけているこの理系クンことN島さんは,かなりコミュニケーション能力が高い方なのだ。その辺りも,世の女性達には誤解なきように願いたい。典型的な理系クンは,有能な奴ほど,もっと「とっつきづらい」人間だったりするのである。