内澤旬子「おやじがき 絶滅危惧種 中年男性図鑑」にんげん出版

[ Amazon ] ISBN 978-4-931344-22-8, \1300

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 毎週風呂掃除するたびに,人間というのはよくもまあこれだけ「だし」が出るもんだなぁと,バスタブ壁面のザラザラをふき取りながら思うのである。純然たる一人暮らしのワシんちですらこれだから,4人家族できれい好き,なんてご家庭はさぞかし大量の皮脂が垂れ流されているんだろうなぁ。
 加えて,よくもまぁこれだけ毛が抜けるもんだと,シャワーでバスタブの底に沈殿している体毛のなれの果てを洗い落としながら呆れてしまう。純然たる一人暮らしのワシんちですらこれだから,4人家族できれい好き,年頃の娘さんなぞいようもんなら,「パパ,きったな~い」とゴキブリの如く嫌われること間違いないであろう。加えて髪の毛が喪失する分,顎だの腋だの胸だの脛だの,あってもなくてもどーでもいいところのヘアばっかり増えて,バスタブの底に沈殿したり,湯面に浮いたりして衛生的によろしくない事態を招来している。まことに肉体の老化というものは「こ汚い」ものばかり排出するものである。
 しかしそのこ汚さには「個性」が宿る。清潔さという方向性は一点に集約させるものだが,汚れ方は千差万別だ。これだけ個人の個性がもてはやされるようになったのだからさぞかしこ汚い中高年はアイドルに・・・なるはずがない,と誰もが思っていたのだ。個性は大事,しかしそれは清潔なものでなければならないのだ。矛盾である。つまり個性個性とはやし立てていたものは,かなり限定されたものでしかなく,小ぎれいで流行に沿ったものであって・・・つまりは多数決的に望まれていたものでしかなかったのである。

 内澤旬子はこ汚いが故に真に個性的な物体,すなわち「おやじ」,を発見し,2008年末の日本に文化的な貢献を行った。それが本書である。一ページに一オヤジが基本で計71オヤジ。やけに生々しい内澤のイラストと的確な短いコメントが添えられている。
 おやじの特徴は,前述した二つの要素から成る。一つは皮脂,即ち,脂肪である。日本政府はおやじの腹周りを85cm未満に抑えようと躍起になっているが,なかなか脂肪は落ちないもので,例えば頬周りにくっついたり(P.12, 23),腹にくっついたまま(ほとんど全部)なのである。
 もう一つは毛だ。禿オヤジがすだれ頭を形成するに至るまでにはそれ相応の歴史というものがあり,大多数は若いころから流していた髪の毛を薄くなってもまだその方向に生やしている,というだけのことなのである。それがいつしか嘲笑の種になってしまうのはやむを得ない。もういちいちページ数は挙げないが,おやじの個性の源泉は薄くなった髪の毛と,それをフォローすべく無駄な努力を重ねられた工夫,そして濃くなった体毛に集約されるようなのである。

 本書は,編集した南陀楼綾繁氏の献身的な努力によって,すべての漢字にルビが振られており,父親のこ汚さに目覚めて毛嫌い始めた小学生の娘さんでも読めるようになっている。しかし,その努力は徒労に終わるであろう。なぜなら本書は,全82ページ1300円という,ほとんど同人誌並みにコストパフォーマンスの悪いものとなっており,ガキのこづかいではおいそれと買えないものになっている。本書をためらいなく買って読んで楽しんで,さてぷちめれでも書こうかという段階になって初めてこの定価を知ることになった,そんなボケているけどいいものは躊躇なく「大人買い」できる稼ぎを得たワシみたいなオヤジしか,気軽に購入できないのである。
 オヤジを描いたオヤジの娯楽のためのマスターベーションのような本をこの年の瀬に送り出すというのは,日本の出版界の度量の現れなのか苦しみの果てのヤケクソなのかは不明だが,少なくとも,オヤジの持つこ汚い「個性」が商品になるかどうかの試金石になっていることは確かだ。ワシは商品として大いに評価するのだが,さて,これを日本の人口の半分を占める,内澤旬子以外の「オバハン」はどう判断するのか,その結果を楽しみに待ちたい。

 つーことで,一年の最後を「オヤジ」で飾ってみました。ワシもますますオヤジ化して,髪の毛は白くなりつつあり,説教は長くなりつつあり,来年は四捨五入なし四十路突入でありますが,ますます嫌なオヤジになるよう,頑張ってこ汚くなる予定であります。

 本年頂いた皆様からのご愛顧に感謝しつつ,
 来年もよろしくお願い致します。