[ Amazon ] ISBN 978-4-09-389715-0, \1500
先ほど,この記事を書くためにAmazonの情報を見ていたら,売り上げ順位23位(2009-06-23現在)だった。村上春樹ほどではないけど,相変わらず売れてるなぁ~と感心。熱心な小林よしりんファンの存在に加えて,「天皇」を真っ正面に据えたタイトルと内容だから,人目を引くのは必然ではある。でまぁ,そーゆー内容の本を買い込む人種にはさわやかな読後感を与えてくれるとなれば,この順位も妥当なんだろうなぁ。
ワシがゴー宣を愛読していたのは幻冬舎時代の「わしズム」初期の頃までである。以前にも何度か書いている通り,小林の「思想」が固まってきてからは,同じ文句の繰り返しを聞かされているような記述が増え,その精神には共感するものの,エンターテインメントとして楽しみたい人間には説教臭く感じるようになって次第に距離を置くようになってしまったのだ。
以来,ゴー宣の連載をまとめた単行本は完全スルー,「沖縄論」や,イデオロギー臭皆無の「目の玉日記」を読む程度のおつきあいになってしまった。逆にA級戦犯無罪論なんてのはちょっとなぁ・・・と完全に読む気が失せたものである。東京裁判そのものは問題が多いとはいえ,敗戦の責任の所在を霧散霧消させるような論にお付き合いする気はなかったからである。
・・・と,自分と小林とのお付き合いを振り返ってみると,ワシが年を取るごとに共感の度合いが薄れていき,是々非々的な読み方をするようになってきたことに気がついた。それでも根本部分の所でワシの精神と共通するところが今も多く,何だかんだ言って,このblogでの「ワシ」という言い方も含めて,随分と小林よしりんには育ててもらったんだなぁとシミジミ思う。どうもお世話になりました。
で,今回の「天皇論」である。
ワシが高校生か大学生の時,天皇暗殺をテーマとするフィクションが話題となったことがあった。ワシも読んでみたけど,期待したほどのスリルもサスペンスもなく,「で,暗殺が成功したらどうなるの?」という疑問だけが残る,ワシにとっては豆腐のような作品だった。多分,「天皇」という言葉に反感を抱く向きにはカタルシスを与えるものだったんだろうが,普段のワシの生活には殆ど関わりを感じさせない存在に対してそんな感情をワシが持てるはずもない。本書でも触れられている,初期ゴー宣「カバ焼きの日」を単行本で読んだ時にも,何が問題なのかさっぱり分らず,「不敬だとか言って出版社に押しかける人間を恐れてのことか?」程度の認識しかなかった。ロイヤル爆弾なんて大して面白いギャグとも思わんかったし。
つまりは,本書の序章で描かれている若い頃の小林と同じ程度の認識しか,「天皇」という存在には持っていなかったのである。小林と異なるのは,今もあまり変わらず,当今のむつまじい夫婦のお姿を見て,「結婚ってのもいいもんなんだろうなぁ」と思わせる程度の敬愛しかない。・・・何かすげー不敬なことを書いているような気がしてきたが,ホントなんだからしゃーない。
さて本書では「天皇」というのが日本にとってどんな存在なのか,歴史的経緯と,特に昭和天皇と当今の事跡を辿りながらネッチリと約380ページを費やして語っている。天皇が歴代権力者に一種の免状を発行して生き残ってきたということは,みなもと太郎「風雲児たち」でも語られていてよく承知されている事実だろうが,小林の論ではそこが,皇帝ごと移り変わってきた中国と異なり,日本において大殺戮が起こらなかった理由だと熱く語るのだ(第17章)。この辺,ワシはちょっと違和感があり,大殺戮が起きづらい風土だったから天皇も廃されずに残ってきたのでは?・・・と思うところもある。
他にも,「うーん・・・?」と感じるところがあって,全面的に賛成と言いかねるところがある。それでも全体的に,小林が「天皇」に関する事跡や論を集めて紡いだ熱くて厚い「物語」には,やっぱり感動してしまうのである。50を過ぎて洗練された絵を維持し,SAPIO誌連載分と同量以上を書き下ろして繋がりに違和感を持たせない本書は,語られている内容とともにこの「物量」をもって人を圧倒してしまう力がある。その意味で,やっぱり小林は希有な力量を持つ漫画家であることは間違いない。ホント,50過ぎてよくこんなに描けるよなぁ~。
本書では特に原武史が批判されているので,ワシみたいに小林の「物語」に違和感を持つ向きは読む価値があるような気がする(まだ未読)。読んだ結果,論としては本書を蹴飛ばすことになるかもしれない。ただ,蹴飛ばすにしても受容するにしても,ワシにとっては重要な楔を打たれたことだけは確かなようである。
しかしまぁ,400ページ近い単行本が1500円か。安いよなぁ・・・最初から「売れる」という見込みがなければこの価格にはなるまい。現状では小学館のこの見込み,ばっちり当たっていると言わざるを得ない。蛇足ながら,愛国的商売の上手な小学館の営業戦略の確かさにも感服しておこう。