大体,ワシは今の今までお国から金もらって研究をやらせて頂いたということが全くないのである。一応科研費の分担者ぐらいにはなったことはあるけど,実質的に金銭的援助を得たわけではないので全くのゼロである。従って税金とか公的な銭をもらった経験と言えば,前の職場でもらっていた給料とか実習費用(研究という名前ではなかったけど,当時一人100万ぐらいは使えたような),そして今の職場で頂いている私学助成金ぐらいである。
だから,事業仕分けで京速コンピュータが俎上に上っても対岸の火事,いや,チョモランマの頂から立ち上っているボヤ程度にしか思えなかった。どっかのHPC MLで頭の悪そうなオサーンのご意見を2件拝聴したぐらいで,せいぜいベクトルプロセッサと共に消えてしまえと念じた程度の感想しかなかったのである。ポシャったところで,ワシがシコシコ遊んでいるGMP/MPFR/MPIRとは無関係,ハード屋さんとか一部並列ソフト屋さんが困る程度のモンだというのがワシの偽らざる認識である。
しかしまぁ,blogとかニュースサイトでいろんな意見を見聞きし,ワシが末席を汚しているHPC運営委員会でも,委員会としてパブコメを出そうという話が出たりして意見を述べたりしているうちに,ここでひとまずワシ個人としての「まとめ」をしておこうという気になったのである。つーことで,ちみっと人の意見にリンクを張ったりしながら私見をつらつら述べてみたい。
まず,京速コンピュータの事業仕分けの結果についてはこちら(PDF)で公開されているので,まずはずらっと並んだコメントを読んで頂きたい。文科省がらみの補助金事業の事業仕分けWGの結果一覧はこちら(PDF)が見やすい。
事業仕分けWGのライブ映像も見たが,おおむね,仕分け人側の意見の方に合理性があるように感じた。そもそもこの事業仕分けの俎上に載せられた時点で削減という結論は決まっている,という意見も読んだし,仕分けの俎上に載せる事業を仕分ける仕事は財務省主導でやっていて,それもけしからんという意見もあったが,まぁ
である。別段ワシは財務省の回し者ではないが,財務省だってバカではないから,「事業仕分けに回した方が適切」との認識がなされても当然という理由のあるものを選別しているはずだ。そこで,京速コンピュータのように
・独自アーキテクチャを支える中心企業(NEC, 日立)が抜け
・グローバルスタンダードなアーキテクチャの組み合わせに過ぎないものになり
・「このマシンがないとDNA解析が進まず日本の製薬開発スピードが阻害される」とか
・「このマシンがないと日本全体のパンデミックシミュレーションが不可能になる」とか
・「このマシンがないと銀河形成の核を明らかにするシミュレーションが実行できない」とか
・要するに,「このマシンがないと」不可能になる具体的かつ普通の人が「ふうん,それは大事だね」と一発で理解できる目的が出てこないようなものは
と,
または,
というのが本当のところだろう。ホントに国際的な評価が高い成果が短期間に(少なくとも財務省のお役人が定年になるまでの間に)得られると判断されるようなら,自らの業績を高めるかもしれない事業を,むざむざと仕分け人如きに渡すもんかね。
技術的なご意見としては,おごちゃんのご意見以上のものは見受けられなかった。牧野先生のご意見も,八ッ場ダムと同様,「折角ここまで作ったんだから完成させないともったいない」以上のものではない。申し訳ないけど,事業仕分けWGの「苦渋かつ前向きの判断を」というコメントに対する返答としては甚だ頼りないと感じてしまうのである。
この辺の感想の違いは,おごちゃんとかワシとかがLinuxとかLAPACKとかGMP/MPFR/MPIRとかのグローバルスタンダードに依拠したソフト屋であるのに対して,京速コンピュータグループの中核グループの方々がハードウェアを作る側ってぇところに依拠しているように思われる。つまり,ソフト屋は「ハードウェアなんぞ,スタンダードなものがアリさえすればいい」と思っているのに対して,ハード屋さんは「たとえ汎用品の組み合わせであっても,世界一を目標としたハード作りこそ次世代に繋げる重要な使命だ!」と憤っているという図式な訳だ。
この食い違いには,応用方面の方々に過度のベクトル偏重→コモディティPCクラスタ環境軽視→OpenMP/MPIなどを活用した並列計算教育軽視→並列計算ソフト技術者育たず・・・みたいな負の循環があって,どっちかてぇと,ソフト屋側の普段からの地道な活動に問題があったように思える。大体,ワシみたいなロートルがしこしこPthreadだのMPIだのと格闘しなきゃならんという時点で「日本ヲワタ」という感がある。大体書店を探してもまともな並列計算技術を解説したしっかりした厚みと正確さをもった本がないんだから。いやまぁ,ふつーに英語で読めば?って態度も,エリート教育としてはいいんだけど,啓蒙活動としては失格でしょう。地道な若手育成広報活動をサボった報いって面も軽視すべきではないとワシは思う。普段から「このソフトをあのマシンパワーのマシンに乗っければこんだけの規模のシミュレーションが可能です!」ってな説明がベクトル型でなく普通のコモディティPCクラスタを使って普段から行われていれば,これに関わった研究者以外からももう少し援護射撃があったかもしれないのだ。この計画がポシャった結果,号泣している若手の姿がTV映像に残ったかもしれないのだ。言っちゃ悪いが,これから死んでいくだけの小数のオサーンが喚くだけでは何の効果もないばかりか,かえって仕分け人WGの意見の合理性が普通の人の頭の中に定着するだけであろう。
しかし,こうして仕分けショーが派手に行われた結果,後出しじゃんけん的ではあるけど一線級の研究者の方々が反論を出しつつあるのは良いことである。しかし今更結果が覆るとは思えないし,一線級であればあるほどみんな頭が良いから,口ではガーガー反対しながらも腹の中ではボチボチ撤退方法と今後の進むべき方向を探っているに決まっているのである。科研費とかにぶら下がってガシガシ研究している人ほど国家戦略の方向付けには敏感だから,京速コンピュータ計画がポシャった結果,おごちゃんが憂慮するところの「完全撤退」状態になりかねないところがある。
しかしまぁ,あんましワシは心配していない(つーか,最初に書いた通り,ワシにとってはどーでもいい話だし)。
旧帝大では計算センターがそれなりの予算を組んで,Top500より少し落ちる程度の規模のクラスタを持っているのが普通だし,ワシみたいな弱小研究者でも数十台規模のPCクラスタを持っているのは当たり前だ。マシンパワーが必要な計算処理が実験できる環境は昔より確実に広がっているし,裾野が広ければ成果もポツポツ出てくる筈。もちっと民間企業も巻き込んでビジネスとして展開できる技術に育てていく啓蒙活動を地道にしていけば,自力でメシが食えて,しかも世評も高まって財務省としても補助金を付けたくなるかもしれない。そのときには仕分け人コメントにあるように「従来の検討者以外の新しい研究者を入れて、新しい議論を公開しながら行う」ことが,自然と出来ているだろう。
結局の所,今のコモディティ環境を大事にしながら,そこで出来る計算処理をガンガンやる,やった結果をプレゼンして啓蒙活動してクチコミ的にもビジネス的にも高い評判を勝ち取る努力をする,そこから地道にやっていくしかないのだろう・・・って,そんなこと,ワシ自身は出来る範囲でやってきたつもりなんですけどね・・・まだまだ頑張らないとダメってことなんでしょうなぁ。