[ Amazon ] ISBN 978-4-87031-964-6, \1048
ワシはグルメではない・・・つもりだが,割と食い物にはうるさい方かもしれない。ことに自炊生活をするようになってからは自分好みの食い物ばかり作るようになっている。特に魚料理。凝ったものを作るわけではないが,朝に焼き魚がないと一日胃の調子が良くないように感じるし,秋には秋刀魚の塩焼き,冬には三平汁やブリ大根を食わないとなんだか落ち着かない。
さすがに生魚となると,スーパーで買ってきた物をそうそう食す気分にはならず,外食が主となる。大きい仕事が終わった夜にはちょっと高めの回転寿司チェーンに飛び込むし,遠出したときには山よりも海の近いところを喜ぶようになってしまっている。
そんな伝統的日本人の食嗜好を備えるに至ったワシなので,「東京築地市場」と聞けば,マグロをゴロゴロとコンクリートの床に並べて威勢のいいセリを行っている風景とか,中売・小売の小さな店がテラテラと生きの良さを勝ち誇る海の幸を並べている風景とかが脳内に浮かんできて,条件反射的にヨダレが出てきてしまう。
しかしこのたび「おざわゆき・渡邊博光」夫妻が上梓した本書によれば,そんなステレオタイプな築地のイメージは相当狭いものであるらしいことがわかる。市場を中心として,築地の界隈にはうまい食い物屋が林立しており,それを食べ歩くことで市場を見学するのと同等以上の楽しい観光ができるようなのだ。う~む,知らなかった・・・。本書にはそんなおいしい食い物屋が28店,オールカラーかつ手塗りのアナログな温かみのある「おざわゆき」のエッセイコミック形式で紹介されている。加えて「渡邊博光」による「なべMEMO」でその店の追加情報が文章で添えられ,食い物のジャンルごとに漫画では紹介しきれなかった店が「なべコラム」で約150近くも言及されている。いや,仕事とはいえこの情熱には頭が下がる。
本書の前身は同人誌「築地あるき」「築地あるき2」である。
最初はおざわによるエッセイマンガだったものが,好評だったらしく,渡邊による追加情報も載っけた「2」が出てさらにブレイクし,築地市場内の墨田書房でも扱うようになってさらに人口に膾炙してこのたび,全面書き下ろし・オールカラーの豪華本(の割には定価が安っ!)となって出版されたものであるらしい。ワシは同人誌は読んでいたが,商業出版されたのはコミティアblogで知った程度なので,詳しい経緯はよく分からないのだが,本書のあとがきによるとそーゆー経緯で出たものということだ。
同人誌であれ商業出版本であれ,一定数以上の支持があるものには理由がある。本書の場合,やはり
・全部,おざわ・渡邊夫妻が自分の足と銭と舌で体験した情報だけで編まれている
・おざわの描く絵の持つ豊かさと手塗りカラーの鮮やかさ(イクラ丼とナポリタンが美しい)
・大人気店から一見様お断りみたいな店まで,手広く訪問している探究心の広さ
ってのが大きいように思う。ワシみたいな偏狭な人間は「あれはマズい」「これはキライ」という排除の論理で物事を語ってしまいがちなのだが,ご両人の語り口からは「あれはウマい」「これはスキ」という包摂的な表現しか出てこないのだ。「高いからダメ」,「安いからイイ」という貧乏人に媚びた表現もない。つまり無理をしていないのだ。腹を空かして築地界隈を楽しみながらほっつき回って飲み食いし,素直に喜べたものを描く,このストレートな幸せ感が本書が支持された一番の理由だろう。
しかし,ワシ個人が最も羨ましいと思ったのは「夫婦」でこの楽しみの共有しているということだ。ああ全く羨ましいったらありゃしない。してみれば,本書で一番「ウマそう」だったのは,この仲睦まじそうな「おざわ・渡邊」夫婦の連携プレーそのもの,なんだろうな。ちえっ。