江戸川乱歩(原作)・丸尾末広(脚色・作画)「芋虫」ビームコミックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-04-726085-6, \1200

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 丸尾末広と言えば,本年(2009年),第13回手塚治虫文化賞新生賞を取った「パノラマ島綺譚」の方を推薦すべきなのかもしれない。しかし,江戸川乱歩の小説作品の骨絡みのファンとしては,本作こそ,江戸川乱歩のコミカライズ作品としては現時点における最高傑作としてお薦めしたい。

 以前にも書いたが,今,ポプラ社から刊行されている「怪人二十面相」とはじめとする少年物シリーズを,ワシは乱歩作品とは認めたくない。まぁ,面白くないとは言わないが,あれは一番乱歩らしい部分が抜けちゃった抜け殻みたいなものであって,昭和初期,主として「新青年」に掲載された短編がワシにとっては最高の乱歩作品である。
 評判の高いものとしては,「蟲」(あ,書いているだけでサブいぼが・・・),「踊る一寸法師」(長編の「一寸法師」はあんまし面白くない),「押絵と旅する男」(ファンタジーの傑作),「白昼夢」(夏の暑い日に読んだら目眩を起こしそう),「屋根裏の散歩者」(推理小説としてよりは「屋根裏」趣味が横溢)・・・なんてのがあるけど,概して,つーか,全部,子供に読ませてイイものとは思えない。こーゆー「悪趣味」な物は不健全な大人が密かに楽しむ小説である。有意義に過ごすべき休日を部屋に篭ってクスクスと微笑みながら,閉じこもって楽しむものなのである。

 その傑作短編の中でも「芋虫」は図抜けて面白い作品である。ワシがこれを読んだ解説(中島河太郎だったか高木彬だったか)は,映画「西部戦線異状なし」とその原作「ジョニーは戦場へ行った」を取り上げ,シチュエーションの類似性を指摘していたが,描いている「主題」が全く異なることも述べていたと記憶する。ワシは「西部戦線」も「ジョニー」も未見なので何とも言えないが,本作「芋虫」が,少なくとも戦争の悲惨さを告発する目的で描かれたものでは全くない,ということは誰しも納得するはずだ。乱歩は主人公「須永中尉」の境遇を創りだすために戦争を口実に使っているだけである。「火垂るの墓」において,兄妹が悲惨な境遇に陥る理由も戦争であるが,それはきっかけに過ぎず,あの作品の主題はあくまで兄妹の生き様であるのとよく似ている。この世の悲惨さの多くが戦争によってもたらされることは確かだが,乱歩が「芋虫」を執筆した時代にはそれが今よりずっと身近な悲惨の種であったというだけのこと。現代においても「芋虫」と同じシチュエーションは,交通事故でも爆発事故でも,十分ありえるものなのである。太平洋戦争中,この作品は発禁となったが,乱歩は戦意高揚の妨げになるので処分を「当然」としながらも,何か解せないという感覚を持っていたのではないか。そもそも実際の戦争とは全く関係の無い主題の作品なのに・・・,と。

 丸尾末広は「芋虫」を漫画化するにあたり,大正から昭和にかけての戦争にまつわる風俗を大量に画面の装飾として利用した。「英雄」として賞賛されつつも一歩も自力では動けない須永中尉を「世話」する妻・時子,二人だけの閉じた離れでの生活は次第に平衡感覚を失い,読者に目眩を起こさせるような世界が展開されるのだ。しかしそこには戦争を批判する意図は全く感じない。いや,深謀遠慮的にそうなのかもしれないが,あくまで丸尾・乱歩ワールドのデコラティブな世界を構築する具材の役割としか,ワシには思えなかった。

 乱歩は自分の作品を「眼高手低」と評していたが,ストーリーテラーとしては絶対の自信を持っていたという。「芋虫」も,確かにおぞましい世界を描いてはいるが,基本的にはエンターテイメント作品であり,グイグイとワシら読者を引き込んでいき,読了後は何とも言えない不思議な感覚に導いてくれる。ネタバレになるからこれ以上の詳細は述べないけれど,本作でも丸尾は乱歩同様グイグイと読者を引き込んでくれるストーリー運びを心がけているということは保証しよう。「パノラマ島綺譚」の方は,雰囲気よりはストーリーの運び方に忙殺されてしまってイマイチ乱歩らしい異常感性が少ないように感じられたが,本作は短編ということもあって,絵による雰囲気作りに重点がおかれている。その意味では,「パノラマ島」よりは本作の方がずっと丸尾作品として優れているように思えて仕方がない。本作は前作とその受賞ががあって生まれたものであろうけれど,ひょっとしたら丸尾は前作で物足りなかった「描き込み」を本作にぶつけたのではなかろうか。

 そうであればこそ,「パノラマ島」に続けてこの「芋虫」を連続して読むと,丸尾が乱歩を理解し,その世界を二次元世界に再現する力量の冴えがより鋭く感じられるのも当然という気がしてくるのである。

 ちなみに,本作を読んでしばらく「バナナ」が食えなくなったら,アナタは正常人である。逆に大好きになったら・・・「与謝野鉄幹」と呼んで差し上げたい。

[ 2009-12-22 追記 ] え~っ,若松孝二が「芋虫」を映画化ぁ~? それはいいのだが

「戦争はいろいろな人を不幸にする、ということを伝えたいし撮りたいのです」と訴えていた。
・・・そっ,そんな反戦映画,乱歩作品じゃないやいっ!