上巻 [ Amazon ] ISBN 978-4-10-130392-5, \476
下巻 [ Amazon ] ISBN 978-4-10-130393-2, \476
いやぁ,本当に出るとは思わなかった。今年(2010年)の大河ドラマ「竜馬伝」に悪乗りする形で「サカモト」が新潮文庫で出た時には,「「SENGOKU」の方が良かった・・・」と,グズグズ言いまくってしまったが,それを知ってか知らずか新潮社は「じゃぁ出してやるぜ!」とばかりに,「SENGOKU」を新潮文庫の新刊としてワシに突き出してきたのだ。これが買わずにおられようか。もちろんワシは竹書房版の三冊(1,2,3)も全部持っているが,しかし! 再発売されたのは嬉しいので,ご祝儀代わりにワシの乏しい小遣いを差し出したのである。
「SENGOKU」は山科けいすけの最高傑作である。
まず,登場人物がメチャクチャ豊富だ。織田信長配下の明智光秀が一応の主人公・・・っぽいのだが,途中から段々怪しくなってくる。信長の天下平定が進むにつれて,攻め込む対象が広がり,武田信玄・上杉謙信といった有名どころだけではなく,関東地方の北条氏や中国地方の毛利氏まで取り上げざるを得なくなっていく。上下巻合わせて35名を4コマ漫画で登場させるんだから,まぁ大変な労力である。
しかもこの35名,明智光秀を除いて全員曲者揃いで,関西漫才用語で言うと,光秀以外全員がボケである。あ,お濃の方や毛利家3人は結構まともか? まぁ,それぐらい個性が強い・・・じゃない,バカな個性を強調させられているのである。信長は気ままに乱暴狼藉を働くし,信玄は戦の才能はピカ一だが手癖の悪いホモオカマだし,謙信はバカだけどともかく強いし,北条氏は図体がデカいくせにセコイ戦いしかしないし,最後の室町将軍・足利義昭はひ弱なくせに青筋立てて信長包囲網の構築に勤しむし,松永久秀はニコヤカに反逆しまくるし・・・いやぁ,みんな笑かしてくれるのである。一応史実に基づいて個性の強調が行われているので,歴史好きだと一層楽しめるというオマケつきだ。
そしてこの35名がくんずほぐれつのバカ騒ぎを縦横に繰り広げるのだが,少し枯れてきた今の山科けいすけ作品(オマケで収録された「仇討ち三兄弟」「秘術」(上巻),「サカモト 番外編」(下巻)など)と比べると,やはりこの「SENGOKU」の若々しい線とキャラクター達の躍動感が際立っているのだ。それだけ一番漫画家としての脂が乗っている時期の作品だということが言えよう。漫画家が描きたい作品であることと内容の充実度は必ずしも比例しないのだ。両者が一致するのはめったにあることではなく,その意味ではこの「SENGOKU」は,それまで培ってきた,かつての大人漫画のテイストを維持しつつ,いしいひさいち流のキャラクターギャグを取り入れた,山科けいすけ独自の世界を生き生きと表現することができた稀有な作品なのである。
その作品が,おそらくは「サカモト」の売り上げ好調(だよね?)の余勢をかって,再び新潮文庫の2冊としてワシらの前に差し出されてきたのである。是非とも,この生真面目に自らのギャグ道を追求してきたベテラン漫画家の真の実力を知るためにも,本書を買って読んで大いに下らながって頂きたいと思うのである。