日丸屋秀和「ヘタリア」幻冬舎コミックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-344-81275-8, \1000

hetalia.png

 今日(2008年4月29日),マンガ雑誌の取り置きをお願いしている町の小さな書店にもこれが並んでいたぐらいだから,相当売れているらしい。既に10万部ということだから,今日日のコミックス界ではかなりのヒットだろう。ましてやソニーマガジンズから引き継いだ泣かず飛ばずの幻冬舎コミックス部門の単行本,しかも自社の雑誌媒体ではなく,著者のWebサイトで掲載されていた作品をまとめたものがこれだけ売れたんだから,目を付けた担当編集者としてはさぞかし嬉しいに違いない。ワシも浜松の谷島屋コミックス売り場でこれが盛んにプッシュされているのに惹かれて買ったのだが,なーるほど,確かにこれは面白い・・・が,BL臭を期待していた向き(ワシとか)は肩すかしを食らうことになる。その分,健全なるマンガ読者諸君には問題なくお勧めできる内容である。うちのガキいや子供はマンガばっかり読んで世界情勢に疎いのではないかとご心配の親御さんは,安心して本書をご子息・ご令嬢にお勧めされたい。次の日からはあらぬ妄想(ヤラシイもんではなく)と共に,世界史の教科書や年表を楽しく眺めることが出来るようになること間違いないのである。

 国を擬人化して世界情勢を戯画化するって手法は,随分昔からあるようで,有名なところでは19世紀イギリスのパンチ誌があり,今に残る名作一コママンガが多数載っている。日本でも明治に入ってから政治戯画が新聞紙面の一角を占めるようになり,現在でもやくみつるが描いていたりする・・・が,まー正直言って,あんまり面白いものではない。それは一コマという形式がものすごく難しい表現形態である,ということもあるが,星新一に言わせると,社会からタブーが消え,風刺というものが成立しづらくなっているという事情も大きいようだ。
 しかし本書を読んで,ワシはもう一つ大きな原因を見つけたのである。それは,国の擬人化がその当時の元首・政治指導者を用いて行われることにあるのだ。そうすると必然的に面白味のないオヤジやババアが描かれる訳で,全然「萌えないキャラ」になってしまうのである。あなたは福田康夫で萌えますか?(四谷シモーヌ先生でも無理だ・・・) 胡錦濤総書記で恋愛ドラマを展開する気になりますか? ブラウン首相でBLが描けますか? サルコジ大統領・・・いや,こういうキャラ立ち政治家は例外で,大抵は人物そのものには漫画キャラとしての魅力は皆無となってしまう。一コマではなくストーリー漫画にしようとしても,キャラに魅力がなければ物語が転がっていかない。
 日丸屋は,この欠陥を知っていたのか本能的な回避を行ったのか,国民性と歴史を担った性格を持つ若いキャラクターを造形し,それをもって国の擬人化を行ったのである。国を動かす政治指導者は「上司」と呼ばれ,音楽好きな青白いインテリ青年として描かれるオーストリアは,マリア=テレジアと漫才コンビのような会話を繰り広げたりするのだ。これなら現代の漫画としても十分面白いストーリーが展開できる。ドイツはクソ真面目な軍人(表紙左)になり,日本(表紙右奥)は控えめな受けキャラ(BLじゃないっつーに),アメリカは脳天気すぎるメガネ青年,ロシアは底知れぬ不気味さを見せることもあるノンビリ屋さんとして描かれ,タイトルロールであるイタリア(表紙手前)はまさしくヘタレで気弱で脳天気なチビスケで,常に誰かが誰かにちょっかいを出し,ドタバタを繰り広げるのである。ちょっと世界史の知識があった方が面白く読めるのは確かだが,純粋に漫画としてもキャラが可愛いので,十分楽しめる内容だとワシは太鼓判を押したい。但し,少女漫画を読み慣れていないオッサンは止めた方がいいかもね。

 それにしても,本書に登場する国キャラの描き方はバランスが取れているし,いいところ悪いところを客観的に見ているなぁと感心させられる。日本は控えめすぎて活躍の場はあまりないし,アメリカは悪人ではないがストレートに自己主張しすぎるし,フランスは主張するけど体力はそれほど強くないし・・・日丸屋は国連事務総長的視点で世界を眺めているのか~?と思ってしまう。これにかわいらしい絵柄がくっついているのだから,確かに10万部突破も頷ける。と同時に,このような作品を生み,多数の読者を獲得するまでに日本の漫画リテラシーは高くなったのか,とオジサン的感慨にふけってしまったのであった。