[ Amazon ] ISBN 4-06-158996-2, \700
2010年,森毅が亡くなったので,何か追悼代わりにぷちめれを書こうかと思ったが,なかなか,愛読者としてはこれ一冊というのが絞れない上に,何を書いていいものやらまとまりがつかなくて困っていた。そんなときに,ちょっとTwitter上で絡んだ文章について,書いた方とのやりとりがあったので,これに絡む森の言説を引用しようと思いついた。
つーことで,数ある著作のうち,一番,学者としての考え方に関して影響を受けた本書,「魔術から数学へ」をご紹介したい。
きっかけになったTwitterはこれ↓である。
議論の中身はいいんですが,結論の「科学の方が圧倒的に説明能力が高いのだから、私たちは科学の方を信じるべきではないだろうか」ってのは違和感が・・・。 ポパーの「反証可能性」と真っ向から異なるような? RT @apj: 自分用メモ。http://bit.ly/duhzf4
posted at 13:20:38
今から思えば突っかかるほどの内容ではないし,そもそもこれは結論の文章であって,そこに至るまでの解説は全面的に納得できるものであった。しかし,このTweetを書いた時点でのワシは「違和感」を持ったのだ。それは,本書の最初の方で述べられている下記のエピソードに基づいていると思われる(P.21~22)。
実際に,小学校の先生から,水と塩の足し算で相談されたことがあった。やけに暑い日だった。
「水に10グラムの塩を入れて,なんグラムになるか,言うたら,100グラムとちょっと,とても110グラムまではいかん,言いおるねん。それで,そんなら実験して見せたる,でやったんやけど,そのときの子どもの反応が,『インチキや』『手品や』言いおるねん」
「へェー,おもろいもんやな(それにしても,暑いな)」
「こんなん,どないしたらええねんやろな。ケッタイやけど110グラムになる,ちゅうことなんやろか」
「なるほどケッタイと思いおるか。ケッタイやと思うもんは,そらしゃあないことで,まあ,ケッタイなことに110グラム,でええのんと違うか(どうにも,暑い)」
「そしたらやねえ,その子が大きくなって学校の先生になるとするわな」
「フン」
「そのとき,ケッタイやけどこないなっとる,ちゅうて教えるのん?」
「(暑い,ヤケクソや)そや,断乎として『ケッタイやけど110グラムになる』いうて教えるんや」
あとで考えてみると,この時の問答は当日の気温に左右されていたようでもあるが,案外に正解を言っていたような気がしないでもない。少なくとも,「110グラムになるというのは,自然の真理であって,真理の前には何人も拝跪せねばならない」なんて,真理のオシツケをするのは,いちばんよくないことだ。
で,この後,110グラムになるとういうことを納得するための「イメージ」が,原子論に基づくもので,それを知識として持っているからこそ納得できるのだという解説が入る。
はんなりした関西言葉のせいもあるだろうが,ワシはこの会話がとても印象的だった。「ケッタイやけど」という接頭語は生徒個人の拭いがたい感想,しかし理論的にも客観的にも「正しい」ことが示されている事柄はきちんと伝えなければならない。感想はそのままにしておけ,という著者のメッセージは重要なことで,本書のタイトルである「魔術から数学へ」に込められた,近代数学概念の形成の鍵となるものなのだ(以下,P.25)。
塩も水も,鉛も団子も,ものみなすべて,共通の尺度ではかれて,その<物質>の量を重さで考えられる世界,それが<近代>なのである。抽象的な表現をすれば,<普遍的尺度の支配する世界>が,最初からあるわけではなかった。中世にあっては,事物はもっと固有の事件と結びつき,固有の質と密着していたのだ。塩には塩の世界があり,水には水の世界があり,そして塩水には塩水の世界がある。
もちろん,人間はさまざまな事柄を,いくつかのコアのまわりに分け,いわば分節化しつつ,そこに普遍的なものを見ようとはしていた。たとえば古代の元素説。(中略)しかしそれは,近代科学ではない。<水>とか<火>とか<土>などのメタファーに,森羅万象を関係づけようとしただけだった。
「ケッタイやけど110グラムになる」という言葉は,素朴な直感に由来する古代の考え方をぶら下げつつ,近代に確立した「理論体系」に依拠した事実を伝えるものだと,ワシは解釈したのである。森は古代の考えを「真理のオシツケ」で否定したりしない。古代には古代なりの合理性があってその概念を育んだのであり,論理的な繋がりを整えようという歴史的努力の中で徐々に否定・修正され,近代の概念が形成されてきたのだ。そんな歴史的な歩みを本書で噛んで含めるようにワシらを「説得」してくれるのである。「ケッタイやけど」という接頭語は,そう思った本人が成長するにつれて徐々にこの近代への歩みを知り,あるいは追体験することで溶解し消えていくものだ,という妙に若い世代の自主性を信用した物言いを,ワシはとても好ましいものと思ったのである。前述のTweetも,「科学の方を信じるべき」という言い方に引っかかりを感じたために発言したものだが,それはこの森毅の「オシツケ」を排する態度に共感していたから,なのである。そもそも現在の科学は「真理のオシツケ」で成立したものではない。個別に,個人が客観的事実と,それを成立させる理論体系を交互に関連させて理解し,それらをまとめて社会的に共有化し,構築「されて」きたものなのだから。
本書は本文220ページと,とてもコンパクトなものでありながら,的確かつ大雑把なまとめ的文言に満ちていて,読み返してみると,改めて,自分の口で常々喋っていることの多くが本書由来のものであることを思い知らされる。
例えば,日本において和算が明治に至るまで「近代数学のような成熟をとげなかった」(P.116)理由を,妄想的な世界観の欠如によるものだとして,次のように説明する(P.117)。
和算の未成熟の原因は,普遍理念よりは個別的現実を重視した東洋文化の一種の現実主義から,コスモモロジーにいたる妄想力が欠如したからではなかったか。和算の場合,数学が世界観に及ぶとは,おそらく考えられなかったのだ。
ヨーロッパでは,ギリシャ学にしろ,スコラ学にしろ,なにより世界観学だった。コスモスを構想するものとして数学を考えること,それはいかに妄想であろうとも,学問の性格をすっかり違うものにする。その意味で,神秘主義的妄想家であったぶんだけ,いわば中世人であったぶんだけ,ケプラーは新しい時代にふさわしかったのだ。
近代への架け橋は,前近代の遺物によって渡される,という一見矛盾しているようでいて,実は当たり前の歴史的事実を,すらっと短く,それでいてむやみに簡素化せずにまとめているのは,今読んでみてもすごいと感じる。もちろん,ここでいう「世界」ってのは,自然科学全体で支えていたもので,数学だけ取り出してんなこと言っていいんかいという批判はあろうけど,概ね,この理解は正しいと言えるのではないか。こういう文言は,豊かな教養主義に支えられた京都学派の中で育まれたものなんだろう。ワシの見立てでは,研究者系列としては山口昌哉が育てた一派が,今の日本の数理科学の理論面を支えているように思えるのだが,その一端は間違いなく森毅にも繋がっているのだ。
数学という学問の性格上,どうしても哲学との関係が深くなる。つまり,論理体系を作ると同時に,その論理体系を支える「論理学」の素養も必要となる。概念構築の土台を絶えず気にしながらその上に数学という建屋を造るということになる。 ワシは残念ながら数学も論理もろくすっぽ習得できずに今に至っているが,せめて既存の構造物ぐらいは理解したいなと思っている。
今,トンデモ学説と呼ばれているものの大多数と,怪しげな星占いにも凝ったケプラーや錬金術にも執念を燃やしたニュートンとの違いは,その時点で知られていた学問の土台を踏まえているかどうか,その一点に尽きる。残念ながら,数学に限らず現在の自然科学は「事実」もさることながら,それを支える論理体系,それも,大学基礎教養レベルの連続・離散数学知識の習得が不可欠で,それを無視してはまともな学問扱いされない。ケプラーやニュートンが,現代の目から見て怪しげな部分を抱えていたのは当然で,現在のワシらだって,何十年,何百年後の学者から見れば,何を馬鹿なことをやっているのかと嘲笑されるものを持っている筈なのだ。それでも,その時点においてはまぁこのぐらいの学問レベルは習得していて,それを踏まえて研究活動をしていますよ,ということは,ワシらだって,もちろんケプラーもニュートンも胸を張って宣言できる。
怪しげな部分を持っていても,いや,持っているからこそ,学問の土台に乗っていれば,その「上に」積み重ねが可能になる,ということを伝えてくれる本書は,ワシの数学史の参考書であり,これからもたびたび引用していくことになる筈だ。
(暑い,ヤケクソや)と言いたくなる猛暑が続く2010年8月である。謹んで,森毅先生に哀悼の意を表し,このぷちめれを締めることにする。合掌。