山科けいすけ「サカモト」新潮文庫

[ Amazon ] ISBN 978-4-10-130391-8, \514

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 今年(2010年)のNHK大河ドラマが,福山雅治主演の坂本龍馬だというので,ドラマ開始前からドカドカ便乗本が出版された。柳の下に何万匹のドジョウがいるのか知らないが,一応,出す側も少しは頭を使っているようで,差異化を図るべく,個性を出そうとしている様子は見られて微笑ましい。個人的に気になったのは,「坂本龍馬ってホントはどうだったの? 何をした人なの?」という素朴な疑問に対して答えるもので,結局ワシは買わなかったのだが,TBSラジオ Digでは2010年5月7日放送分のPodcastで聞いた,加来耕三さんの言説が面白かった。これ聞いていると,ちゃんと弾道計算が出来た理系頭のやんちゃ者ってイメージが生まれてきて楽しくなる。司馬遼太郎の小説で過大評価され過ぎって指摘はその通りで,それはやっぱり「龍馬がゆく」が小説として出来が良かったせいなんだろうなぁ。

 でまぁ,その数ある便乗本の中で,群を抜いて下らない(褒め言葉です)ものが新潮文庫から出たので,忘れないうちにご紹介しておく。それがこの「サカモト」だ。新潮社の意図として,本書を刊行すること自体がギャグになっていることは間違いない。ワシは書店でこれが並んでいるのを見て心中大笑いし喝采を新潮社に送り,さっさとレジに運んだのである。

 もともと新潮社には山科けいすけをしっかり押さえている編集者がいるようで,小説新潮で連載を持たせ,恐らくは全く売れなかった(と思われる)短編集「タンタンペン」も刊行している。ワシはこの,かつての大人マンガのナンセンステイストを保持しつつ,いしいひさいち以来のキャラ者ギャグも取り入れたセンスが大好きで,見かける度に読んでいたのだが,まさかこの「サカモト」が新たに新潮文庫から,新潮装幀室のデザインセンスを疑わせるダサい表紙でまとめ直されるとは思いも寄らなかった。ここで謹んで,NHKと福山雅治に感謝しておきたい。

 内容はというと,トンデモ学説に染まった勝海舟に師事したピストルマニア・坂本龍馬が,サツマイモと金玉の大きさにしか興味のない西郷隆盛や,コスプレのために潜入生活を送っているとしか思えないデカ頭の桂小五郎(木戸孝允),バイセクシャル・土方歳三に言い寄られるデブの沖田総司らと縦横無尽に交わって幕末を混乱に陥れるギャグ4コマ作品である。・・・いや,何が何やら分からない紹介文だが,分からないなら読んで下さい。ともかく下らないので,ワシは大好きである。

 ・・・などと言いつつ,ワシはどちらかというと,戦国時代の武将たちを弄んだ「SENGOKU」の方が,ナンセンス度合いが高くて好きだった。キャラクターの数もイマイチ「SENGOKU」に比べるとこの「サカモト」は少ない。時代が近いせいでちょっと遠慮した・・・とも思えないが,ちょっとテンションが下がったような気がして,ワシは本書の前に刊行された竹書房バージョンの単行本は買わなかった。
 しかし,このたび読み直してみると,これはこれで少し「枯れた」感じがあって,山科けいすけを初めて読む読者には向いているかもしれない,と思い直した。久々に読んだこともあって,この手のギャグをびしっと決めつつ,絶対にシリアスに流れない潔さを持った4コママンガ家は少なくなったなぁと,別の感慨も沸いてきた。いしいひさいちが新時代を切り開き,業田良家がドラマを持ち込んだ4コママンガの本流とは別に,山科けいすけはマイペースに自分の世界をギャグだけでコツコツ作り上げてきたのだ。細く長く,映画化ともアニメ化とも縁なく,淡々とプロの仕事を積み上げてきた山科の大人としての態度にワシは敬意を表するべく,このぷちめれをアップしておく次第である。