福満しげゆき「僕の小規模な生活 6巻」講談社

[ Amazon ] ISBN 978-4-06-376185-6, \667

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 愛妻とのあまあま結婚生活という意味では,「うちの妻ってどうでしょう 4巻」の方がタイトル的には相応しい。しかし個人的に面白いと感じているのはこちらの方だし,福満しげゆきという人物を知るにも「回想編」が納められている「僕の小規模な生活」が良い。つーことで,今回はこっちを取り上げる事にする。

 福満しげゆき作品と作者についての情報は,吉田豪のインタビューこぼれ話(キラ☆キラ 2012年3月8日(木))で良くまとまっている。全くテンションの高い吉田豪の話芸は素晴らしいなぁと感心してしまうが,福満しげゆきという漫画家に感じていた「普遍性」についてもほぼ確信が持てた。ポッドキャストが消える前に是非一度聞いて頂きたい。

 福満はガロでデビューしたマイナー漫画家で,その名前はフリースタイルの「このマンガが凄い!」で初めて知った。一応ちらっと読んでみたが,正直,当時の作品のガロっぽい「読みづらさ」が気になって単行本としては買わずじまい。ちゃんと読み始めたのはメジャー誌で連載が始まったこの作品から。で,今も双葉社の「僕の妻ってどうでしょう」と共に愛読中なのである。

 本作についての印象は今に至るも第1巻で述べたものと変わらない。吉田豪のポッドキャストでも,いろいろな対象にジェラ心を持ちつつも,その一つ上のメタな視点を失っていないことが述べられている。客観的に自身の感情を面白く表現できているのはそれ故である。いくら過去の自分が劣等感で苦しんでいて,それがメジャー2誌で連載を持つようになっても変わらないとは言え,人並み程度,いやそれ以上の収入(はどうかしら?)と社会認知を得るようになった福満に,妙なシンパシーを覚えてしまうのは,「まんまと釣られている」としか言いようがない。本作に描かれている感情を取り除いて,過去の歩みを年表形式で並べてみれば,福満はかなりの努力家であり,それ故に現在のステータスがある,ということは分かりそうなものである。

 大体,デビュー前から今の奥様と同棲を始め,いろいろといざこざはありつつも第2子まで授かるに至るというプライベート生活の充実さを考えれば,どう考えてもコミュニケーション障害を持った草食系男子とは真反対の「モテ男」である。第5巻から続いていた「回想編」では,思いを寄せていた結構かわいい女友達の話が語られており,過剰な自意識を除けば,ごく普通レベルのの女性遍歴(本人曰く「生挿入」はないとは言え)は持っていた訳で,つくづくエッセイマンガというものは「語り口」で全てが決まっちゃうのであるなぁと思い知らされるのである。もしこの「過剰な自意識」の現れである饒舌な「汗」と「ナレーション」がなければ,面白くも何ともない平凡人の日常マンガに陥っていたこと間違いないのである。つまり,マンガテクを除いた福満は普遍的な現代人の一人に過ぎないのだ。

 大体,「僕の妻ってどうでしょう」なんてタイトルのマンガを書いちゃうぐらいだから,福満家はまごうことなき順風満帆な愛妻一家でしかない。奥さんは可愛く描かれるし,愛し方は「依存的」ですらあって,家庭内の波風も持ち前のコミュニケーション能力で巧みに回避したり内部解消させている。逆に言えば,悩み多き凡百のもてない男どもが福満に寄せる「共感」は幻想でしかなく,むしろグローバルスタンダード化した「自助努力」の見本として屹立しているのが福満しげゆきという漫画家なのだ。最近ようやく普通に「家庭」なるものを持ったワシとしては,家庭円満のハウツー集として活用できるという点を高く評価したいぐらいである。

 ワシも早く福満のように妻に依存的愛情を注ぎたいと考えているが,その点,もう少し若いウチに結婚しておけば良かったかなぁとは感じている。溢れる性欲と世間的認知度の低さとの間で煩悶する若い時期こそ,深く相手に依存する関係が構築されるのであろう。その時期の事は本作の初期でたっぷり語られているので,もし最新単行本のこの薄さに憤りを持った方は,1巻から順番に読んで頂きたい。そうすれば,この価格にしてこの薄さはまぁ許容できる範囲内に収まっている事を知るであろう。福満家の今後の生活を支えるためにも,是非清き印税を新刊書店で捧げて頂きたい。糸井重里の名コピーが言うように「家庭円満は世界の願い」なのだから。