夢路行「スウィートホーム」秋田書店

[ Amazon ] ISBN 978-4-253-12086-9, \667

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 結婚とは生活そのものであり,恋愛とは違う,ということは前回の記事にも書いたが,それは別段ワシのオリジナルな意見ではなく,古今東西,色んな人が色んなところで述べている「常識」である。だから,恋愛がなくても結婚はできる。むしろ,恋愛なんぞは不要,日常生活を維持するためにしなければならない「義務」だけを果たしていれば結婚生活は持続できる,という意見も正しい。
 正しいが,21世紀の日の本を生きるワシらにとっては,恋愛なしの結婚はほぼあり得ず,恋愛における「甘さ」をそのまま結婚「生活」に持ち込こむことが理想的であり,更に欲を言えば,一生どちらかが死ぬまでその甘さを維持することが望ましい・・・ということもまた別の「常識」として定着しているのである。この古くからの「常識」と,21世紀になって根付いてしまった新しい「常識」のぶつかり合いが現代の結婚生活における不幸を招いているのである。
 では不幸だからどちらの常識に一方的に肩入れするのがいいのか?・・・というと,そんなことはない。最終的には夫婦の判断次第であるが,比重の偏りはあれ,両者を取り入れて「最適化」を図るのが賢明な日本人夫婦と言えよう。

 夢路行,という漫画家はこの「最適化」を図るプロセスを,彼女自身の一番の持ち味であるファンタジー手法にまぶして一冊の単行本にまとめたのである。それがこの「スウィートホーム」である。長期連載中の「あの山越えて」20巻と同時に発売された本作は,三十路以降でそこそこ世間ズレ・恋愛ズレした大人の,夢路行という漫画家を知らない読者にこそ相応しい。

 母親が亡くなって男やもめになった父親と同居するOL・美保の家に,九州男子のような我が儘で女癖の悪い(という程でもないかな?)兄が,二人の子供を連れて舞い戻ってくる,というのが本作のシチュエーションである。全く今時家事の一つも出来ないようなバカ男と結婚していた奥さんも奥さんだと思うが,そんなところに惚れる女が結構いる,というあたりが人間社会の不思議なところ。つまりは恋愛は「非合理的」なものを多く含み,その延長上に結婚しちゃったが最後,トラブルが待っているのは必定なのだ。そんな必定の果ての男のコブ付き出戻り,騒動が起きないはずがないのである。

 本作の見所は,トラブルメーカーの兄がそんなに非常識な奴ではなく,世間的には「いるいる」というタイプの男として描かれている所である。読みながらワシは同性として共感するところも結構あった。生活にだらしない所はあまり感心しないが(子供の世話ぐらいしろよ!),だらしなさが醸し出す「可愛げ」がフェロモンとなって男性的魅力に繋がっているという描き方はさすがデビュー30周年を迎えるベテランだけの事はある。

 そんなダメ兄と子供二人,そして父親の世話を一手に引き受けてしまう主人公・美保には,ワシの一押し夢路行作品「蒼天をみる想い」の主人公,しゃっきりした女医・エルカに共通する社会常識に裏打ちされた芯の強さが感じられ,ワシはこーゆー所に惚れるのである。そーゆー嗜好の結果,ワシは今の神さんと所帯を持つに至ったわけで,してみれば,芯の強さが魅力になるってのは,今の時代,どっちかってぇと女性側の強みなのかも,と感じてしまう。このダメ兄の奥さんであるさや香さんには,その芯の強さが希薄である,という所と対照的だ。さや香さんが昔,社会的に反抗的なワルだった時期がある,という設定も結構世間では良く聞く話である。まぁ不良なんてのはナイーブな人間が若いエネルギーに任せて駄々捏ねた結果の産物だからねぇ。そんな細々した設定の積み重ねと構成の妙が,世間ズレした読者にも満足感を覚えさせてくれるのであろう。

 ふわふわしたファンタジーでありながら,随所に社会経験と漫画家経験に裏打ちされた熟練芸を堪能させてくれる本作,夢路行未見の大人の読者には入門書として相応しい一冊である。