豊田徹也「ゴーグル」講談社

[ Amazon ] ISBN 978-4-06-37671709, \905

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 豊田徹也は性格のいい人ではないのか? 名高い連作短編集「珈琲時間」に続いて今年秋に発売された本書を読んでそう思ったのである。思い込んだ,と言った方が正確か。

 大友克洋直系の細い線で綿密に描写された作風と言えば,ワシの守備範囲でいうと遠藤浩輝と豊田徹也が思い起こされる。しかしこの二人の作るドラマは大分異なる。遠藤は人間とそれを取り巻く宇宙全体に対してニヒリスティックな物語を紡ぐのに対し,豊田の作品からはウェットな温かみを感じるのである。どちらが優れているとかいう話ではなく,大友直系の似た画風の二人なのに,ドラマの根底に流れている「質感」が異なる,ということなのである。エロい遠藤作品には冷たいものが,端正な豊田作品には客観性の担保はありつつ温かいものが感じられるのである。

 本書に収められている短編は表題作の「ゴーグル」と「海を見に行く」だけが連作と言えるもので,他の4作品「スライダー」「ミスター・ボージャングル」「古書月の屋買取行」「とんかつ」は独立したものである。しかし,どの作品でも緻密な描写によって登場人物の性格付けはしっかりなされており,画力ってのは極めると漫画の魅力をいくらでも高めることができるんだなぁと感心させられる。ナレーションは皆無,台詞回しと絵だけでストーリーを綴っていくストイックな作風は,漫画大国のすれっからしの読者にも深い満足を与えてくれる。

 本書の短編のうち,ワシが好きなのはファンタジーギャグである「スライダー」(タイトルがまた短くて暗示的なのが良い)と,美人銀行員が探偵役となる「とんかつ」である。前者はバカバカしいシチュエーションをきっちりした絵で伝えてくれる分,ギャグが強烈に響く,まるで真面目に演じられた名コントのような作品。後者は,銀行の内部事情にかかわるスキャンダルかと思わせつつ,より深い人間理解を提示してくれる味わい深い作品である。あんまり解説するのも野暮なのでこの辺にしておくが,まぁ読んでみるがよい。そして気に入ったら是非とも「珈琲時間」も読んでみてほしい。つくづく漫画という表現の奥深さに感じ入ってしまうこと請け合いである。