[ Amazon ] ISBN 978-4-12-102186-1, \940
2012年12月16日,第46回衆議院議員総選挙が行われ,与党・民主党は3年間に3人の首相が代わり,離党者がボロボロ出るという始末の上,マニフェストに謳った政策の多くを実行することができず,結果責任を取らされる形でボロ負け,解党的出直しができるかどうかという瀬戸際まで追い込まれた。
一方,野党だった自民党は小選挙区でボロ勝ち。民主党離党者がバラバラと小党に分かれて票を分散させたため,漁夫の利が転がりこんだ格好である。その証拠に,比例区では前回とさほど自民党の得票数は変わっていない。大勝ちした格好の吉田茂以来の再チャレンジ総裁(すでに総理大臣だが)・安倍晋三も,幹事長・石破茂も慎重な物言いに終始した。来年には参議院議員選挙が控えており,それまでは選挙中派手にぶち上げていた諸政策をマイルドにして小出しにしていくのではないか,と言われている。
しかし,これだけ経済も情報も全世界的に共有されるようになった昨今,少子高齢化にも拘わらず移民政策にも及び腰で働き手が減っていくこの日本で,政府と日銀が頑張って旗振ったところでどこまで通用するものなのか? 民主党政権も酷かったが,その前の自民党政権だって,小泉純一郎以後の首相はお世辞にもうまくやったとは言えない。そのことは前回の失敗をよく知っている安倍晋三自身が一番骨身に沁みて知っているはずだ。一個人としては,折角グローバル化したのだから,その流れをキャッチアップして自身の能力を磨きつつ,政府を当てにするのは最低限にした上で自力で何とかするほかないだろう。
しかし,この揺れ動きの激しい政治状況,小選挙区制がもたらした効用(?)ではあるが,それを最初に言い出して実現させようとしたのは田中角栄だった,ということは意外と知られていないのではないか。そのことは,角栄びいきだった戸川猪佐武の「小説吉田学校」(ワシはさいとうたかをのマンガバージョンで読んだ口)にも,そして本書にも書いてある。なるほどなぁ,してみれば角栄子飼いの小沢一郎が小選挙区制導入に積極的だったのも頷ける。その効果のほどをよく知っている割には政党を作っては壊し作っては壊し続けてとうとう一けた台の政党を率いるまでに落ちぶれた政治感覚のなさはどういうことか?
小沢一郎の「人徳のなさ」については定評があるが,それは親分・田中角栄の慕われっぷり,人たらしっぷりとの対比として語られることが多い。本書はそんなウェットな人情論に満ち溢れた,角栄番として「朝日新聞のハヤノにおやじの人となりを聞いてから来てくれ」と秘書・早坂茂三から言われるほどの信頼を勝ち得た朝日新聞記者・早野透が書いた角栄の伝記である。
早坂の本も読んだことがあるが,しかし戸川猪佐武といい,早野透といい,田中角栄について書くとなると,なんでまたこうもウェットな文章になるのだろうか。たぶんそれが角栄マジックという奴で,つまりは角栄の人心掌握術がそういう古臭い人情回線を刺激するものであり,そこに感激するタイプの書き手だったから,ということなんだろう。本書でも登場するアンチ田中角栄グループ「青嵐会」の一員であった石原慎太郎はそういう泥臭い感情がないようで,田中角栄は芸術というものを理解していない人間として描いている。まぁ分かるけど。
昭和ロマン的な文章がちと鼻につくが,408ページと新書としては分厚い本書は,角栄の伝記としてよくまとまっている。巻末に挙げられている参考文献や年表だけでも価値の高いものであろう。戦前の軍国政策の一端を担った理研コンツェルンの仕事を受注することでのし上がった田中角栄は,戦後,新潟から立候補し,初回は落選の憂き目にあうが,2回目の選挙以降は順調に当選を重ね,ついには30万票を獲得するに至る。ロッキード裁判もなんのその,中央政界での影響力は人徳プラス政策提案・実現力,そして派手な政治資金のバラマキによって維持してきた。新潟の苦労人が佐藤栄作からもぎ取るように首相に上り詰め,闇将軍として君臨するに至る過程をウェットかつ怜悧な事実の積み重ねで語った本書は,現在のような政治状況で,ある意味で望まれている政治家像を考える上で貴重な材料を提供してくれるだろう。