[ Amazon ] ISBN 978-4-04-100881-2, ¥705
森達也の本を読むのは初めてである。聖人君子のようでもあり,人生に疲れたオッサンのようでもある風采の上がらないジャーナリスト(ドキュメンタリー監督と言うべきかな)は,メディアに現れた時には朴訥な口調で分かったような分からないような要領の得ない議論を口にする。しかしその内容に疑うところはあまりなく,むしろ,正論とされる多種多様な意見を誠実にまとめあげた結果,本人なりにはアウフヘーベンしたものがあの「要領の得ない議論的意見」なんだろうと推察する。
本書もそんな著者の誠実さが現れまくった一冊である。しかし,読み終えてからは,著者のやけにきっぱりとした態度表明とは別に,とてもメンドクサイものを読者であるワシに押し付けたのである。そういうものを嫌う向きにはお勧めしない一冊だ。
本書を端的に物語る著者の言葉を以下に紹介しておこう(P.249)。
死刑をめぐるロードムービー。まだ取材を始める前に鈴木久仁子(注・担当編集者)から本のイメージを訊ねられたとき,僕はそう答えたことがある。ならばあらゆる場所に行かねばならない。そこで僕は様々な人に出会い,様々な死刑を目撃する。
実際,本書では,死刑をテーマとした作品を描いた漫画家,死刑執行所を持つ拘置所の所長,死刑廃止を求める国会議員,かつて死刑囚だった人,死刑の場に立ち会った検事・教誨師・拘置所員,死刑判決を求めている被害者家族,死刑判決を求めない被害者家族,かつて死刑廃止を主張していたジャーナリスト,そして死刑判決を受けるかもしれない被告人を弁護する弁護士とコミュニケーションを重ねていく。重ねすぎて目眩がしてくるぐらいだ。そしてその濃密な情報交換の積み重ねを,ワシら読者は風采の上がらぬオッサンと共に追体験していくのである。テーマは一つ,「あなたは死刑存続(存置)を望みますか?」である。
よくある死刑存続の主張,死刑廃止の主張を押し付けるようなことを,森は絶対に行わない。あくまで態度は「あなたの意見はどうですか?」である。インタビューした相手に対しても,ワシら読者に対しても。それ故に,よくある自己主張の賛成を求めるだけの書物とは違うモノをワシらに突きつけ,メンドクサイものを残していくのだ。「あなたの意見はどうですか?」,と。
国際的な趨勢と,学術的な知見をふまえる限り,死刑存続派の理論的主張はほぼ成立しない。しかしそれでも本書に登場するかなり多くの,しかも実際に死刑に向き合わざるを得なかった死刑廃止派のジャーナリストや人権派弁護士ですら,死刑廃止を主張できなくなっているという現実を本書は突きつけている。「(死刑廃止の)理屈はその通り,だが・・・」と語尾が濁り,割り切れないものを抱えて葛藤している様は,本書を読み終えた,死刑存続を望む多数の読者にも同じことを要求してくるのである。
「死刑」という重苦しいテーマにも関わらず,森達也の筆は読者の視線を引きつけてやまない。それは淡々と事実を綴る誠実なドキュメンタリーを撮り続けてきた著者の誠実さと作家としての力量の所以であろう。死刑に賛成でも反対でも,真剣に議論したいのであれば,その議論の俯瞰図を知るべく,本書は最良の一冊となること間違いないのである。