宮崎駿・企画&脚本,宮崎吾朗・監督「コクリコ坂から」

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 いやまぁ,「ゲド戦記」の時から,宮崎駿の二代目,宮崎吾朗のアニメ映画監督としての「才能」についてはあれこれ言われ続けてきたわけであるが,本作を見て・・・なるほど,当たっているところがあるな,と思うと同時に,実は映画そのものより世間が注目している「物語」が進行中であり,世間はそちらをおもしろがっているのではないか,と気がついたのである。なるほど,そう考えると,本作の「できばえ」や「面白さ」についても納得できる。「この程度」であり,なおかつ,「ゲド戦記よりマシ」というレベル,それを達成するために父親である宮崎駿が企画と脚本で支えたのが本作なのだ。そして本作が「この程度」であることは絶対に必要なことだったのである。

 映画そのものの感想については,語りまくるラッパー・宇多丸の「ウィークエンドシャッフル」におけるこの感想(Podcast)と余り違いはない。「どこかで見たことのある過去のジブリ作品のカットが多数」とか,「脚本が余りにご都合主義(の部分がある)」とか,「動きが悪い」とか,「キャラクターに精彩を欠く」とか・・・。しかしそれでも結構面白かったのは事実である。至る所で宮崎駿の才能が生かされ,おっと目を引くカットは大体宮崎駿の助言が生かされているようなのだ。

 それは既に放送されたNHKのドキュメンタリー「ふたり」,「コクリコ坂・父と子の300日戦争」(2011年8月9日放送)でたっぷり語られていた。
 吾朗監督の提出する企画がダメになり,宮崎駿の企画が採用されるも,吾朗監督の最初の絵コンテが精彩を欠き,鈴木敏夫プロデューサーから公開取りやめもあり得ると警告される出来。そこで,宮崎駿は要所要所でアドバイスを行う。まずヒロイン・海(うみ)の性格付けを決定づける,陸橋の上を大股で歩く俯瞰のカットを提供。これで暗いだけのヒロインから,凛とした芯が通った魅力あるキャラクターに変身する。そうして絵コンテはドンドン進み出し,最終的には映画公開のゴーサインが鈴木プロデューサーから出る・・・そんなドラマを映画公開前から喧伝し,観客動員を増やすべくこの時期を狙ってNHKとジブリは放映したのである。殆ど,受信料を使っての映画宣伝番組である。

 しかし,これが映画以上に重要な「物語」をワシらに提供してくれているのである。前作の「ゲド戦記」でもNHKはジブリで密着取材を行っているが,そこでは今回の「物語」に繋がる伏線がしっかり敷かれていたのだ。そしてワシらはNHKとジブリ,というより鈴木敏夫プロデューサーという天下一の興行師の手の中で踊らされていたのだ。

 「映画もさることながら,宮崎駿と宮崎吾朗の葛藤,そして吾朗がどう成長しているか,見物ですよ,大変面白い「物語」ですよ」・・・と。

 その意味では,本作は少なくとも前作よりはマシな作品でなければならない。成長していなければ「物語」は停滞する。更に父と子の葛藤の末に幾ばくかの和解も加えて「物語」の盛り上げに一役買っている。

 「コクリコ坂から」はダシであったのだ。いや,もっと大きな父と子の「物語」に比較すれば,サイドストーリーでありさえすれば良かったのだ。声優キャスティングに配役名が付されていないのも,スタッフリストがありきたりであっても,登場人物に「メロドラマみたい」と言わせるご都合主義的展開があっても,ラストがとってつけの,アクションを見せつけるためだけのシチュエーションであっても,要所要所で父と子の「物語」が垣間見える光が見えさえすれば良かったのだ。観客を退屈させずに91分座席に縛り付ける程度の「面白さ」であれば十分だったのである。

 映画を見に行ったらもっとでかい「物語」に巻き込まれてしまった,という体験をするためにも,ぜひ本作は観に行くべきである。宮崎吾朗監督作品は,それを制作することが既に父と子の「物語」を紡ぐための重要なパーツなのだから。