桂歌丸(山本進・編)「極上 歌丸ばなし」うなぎ書房,三遊亭円楽「円楽 芸談 しゃれ噺」白夜書房

「極上 歌丸ばなし」   [ BK1 | Amazon ] ISBN 4-901174-21-5, \2000
「円楽 芸談 しゃれ噺」 [ BK1 | Amazon ] ISBN 4-86191-187-7, \2800

極上歌丸ばなし
桂 歌丸著 / 山本 進編
うなぎ書房 (2006.6)
通常24時間以内に発送します。
円楽芸談しゃれ噺
三遊亭 円楽著
白夜書房 (2006.7)
通常24時間以内に発送します。

 NTV系列で40年に渡って放送されている長寿番組「笑点」,その司会者を,今は亡き三波伸介の後を受け,昭和57年(1982年)から担当してきた三遊亭円楽が,今年平成18年(2006年)に引退,後をレギュラー回答者の最長老(だったかな?)・桂歌丸に託したことは,ニュースとしても取り上げられた。で,話題が出ると黙っていないのが出版社,なんせ世の中ショーバイショーバイ,オマンマ食ってクソして寝るにはおゼゼが必要,ならば売れると踏んだ本の企画を立て,せっせと売っていかねばならない。そこで新旧の笑点司会者の半生をまとめた本を出版した・・・訳なのだろうが,どっちも出版社が弱小であり,まー,それなりにでかい書店では平積みになっているものの,地方都市のベストセラーと雑誌しか置けないような小さい書店ではまず見かけない。ワシみたいに,本を買うために往復一万数千円も交通費を費やして丸善丸の内本店にのこのこ出かけていく酔狂な輩はそうはいまい。貴重な本であるから,この場を借りて,ど田舎に住む笑点ファンに紹介しておく次第である。

 出版された日付としては,歌丸本の方が先である。こちらは編者が名うての演芸評論家であるから,文章はかっちりまとめてあって,資料写真も豊富である。対して円楽本の方は,たぶん聞き書きなんだろうが,本のサイズがでかい割には文章が改行だらけのスカスカ,なんだか上げ底のうな丼を頼んでしまったようで,損した気分になる。しかし内容はめっぽう面白く,どちらも一気に読んでしまった。

 歌丸師と言えば円朝噺に熱心に取り組んでいることで知られているが,かつては新作で著名な噺家の弟子であった関係もあり,新作を語ることも多かったようである。それがどうして円朝噺へ転向していったのか,というあたりが歌丸本の中核主題である。ワシにとってはそれよか実家の廓,遊郭についての記述が興味深く,実際に身売りの場面を見た,という歴史的事実に出くわして,ああ本当にあったんだなぁ,と嘆息したのであった。
 円楽師は,ワシにとっては人情話の噺家で,本書でも取り上げられている「浜野矩随」なんかは絶品だったのを覚えている。ただ,ワシの両親はどちらも円楽が嫌いで,ことに説教臭い話し方がお気に召さないらしい。うーん,ワシが教師になったはこの説教臭さに魅せられたせいかしらん?
 円楽本で一番面白かったのは,今でもよくさまざまな噺家から語られる落語協会分裂事件についてである。何せ,協会を飛び出した張本人である円生の筆頭弟子が円楽であるから,一番身近で事件を見,その結果を背負ったことになる。その記述を読んでみると,なるほどなぁ,師匠筋の仲たがいのみが原因であって,弟子には迷惑この上ない事件であったことが良く分かる。ことに,円生が怒った「真打大量生産」なぞは,もともと円楽師が言い出したことであったそうな。してみれば円楽師には協会を飛び出す理由はなく,師匠についていかざるを得ない,という義理人情だけで,文字通りの貧乏くじを引いたことになるのだ。うーん,これについては歌丸本でも,「やっぱり一番苦しい思いをしたのは,円楽さんじゃないかと思いますね」(P.134)と言及されている。浮世のしがらみ,なんてもんじゃなく,昔ながらの師弟の繋がりってのが強い世界なんだなぁ,と感嘆することしきりである。ワシなんぞは談志さながら,「じゃ俺はやめる」とばかりにさっさと袂を分かつに違いないのである。

 全体的に,歌丸師は現在,落語芸術協会会長を務めるだけあって,協会内部の変遷が語られているのに対し,円楽師は一人,一門を背負うべく寄席を作って借金をこさえたために無理をして,という苦労話が語られており,歌丸本に比べて円楽本はちと人生に対する後悔の念が強いように思われる。しかし両者とも笑点を土台に人気を獲得していった売れっ子であるから,無用の同情は必要なかろう。噺家も,浮世の波間にどんぶりこ,なんだなぁ,ということがよく分かる2冊,笑点ファンならキチンと常備しておきませう。