山川直人「澄江堂主人 前篇」エンターブレイン

[ Amazon ] ISBN 978-4-04-726899-9, \740

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 ワシは文学に暗い。芥川龍之介なんて,せいぜい国語の教科書に載っていた「杜子春」「鼻」ぐらいしか読んだことはない。本書のタイトルだって「すみえどうしゅじん」と読んでいたぐらいだ。正しくは「ちょうこうどう」であるらしい。従って,この主人公たる「澄江堂主人」,すなわち芥川龍之介をモデルにした本作に,どこまで山川の「創作」が混じっているのかを判断するだけの知識をワシは持っていないのである。だもんで,以下のうだうだは全て純然たる山川直人のマンガとしての記述である。文学史的なウンチク話はよその誰かにお願いしたい。

 で,山川直人だ。古くから創作系同人誌即売会「コミティア」では異彩を放っていた作家である。プロデビューも1988年と古く,実力は古くから一部では知られていた・・・筈であるが,少なくともつい最近になるまで,ワシはあまり興味がなかった。ペンによるカケアミを多用した温かみのある画面に,ビンボ臭い2頭身キャラ達が物憂げに人生を送っている,という文学的童話に似た作品は,つげ義春を知ってしまったワシにとってはちと物足りないものを感じさせたのである。つげ作品が「悲惨な街の安全運転」(by 赤瀬川原平)と形容されるのであれば,山川作品は「暖かい街で飲むほろ苦いコーヒー」という「程度」なのである。どちらがいいというものでもないが,ある程度以上の年齢の大人が安心して読める読み物としては山川作品に軍配が上がり,もっと「深淵」を覗きたい向きが否応なく求めてしまう「文学」がつげ作品なのだ,と,ワシは感じているのである。

 とはいえ,山川作品は,同じペン画であるにしても,つげ作品にはない暖かさと豊かさを感じさせる独特の魅力的な画を持っていて,これが一番の強みであることは確かだ。近著である「ハモニカ文庫」は,掲載誌が生ぬるい4コマ雑誌だから仕方ないとは言え,ちと甘すぎかなと思えたけど,「ほろ苦さ」は効いており,そこそこ面白く読める。・・・なんかワシ,持って回った言い方で微妙に批判をしてしまうなぁ。しかし,実際,いまいち物足りないと感じているのだから仕方がない。どうも,山川直人の作風は,今の日本の重苦しさに比して「軽い」と感じてしまうワシがいるのである。だもんで,いまいち,エンターブレインから刊行されている作品集にも手が出なかったのだ。

 今回,山川が差し出してきたこの「澄江堂主人」,いつもの山川作品集ならスルーしていたところであるが,一見して手にとって書店のレジに差し出したのは,帯にある「芥川龍之介」の文字が決め手となったのである。自殺した文学者を描いたドキュメンタリータッチの,シリアスな作品に挑んだのだとワシは思ったのである。
 で・・・読んでみたら,う~む・・・確かに「芥川龍之介」がモデルになっていけれど,これは純然たるいつもの山川ファンタジーではないかと,ちょっと拍子抜けしてしまったのだ。どん底に陥らないという安心感漂う,温かみのある物語になっている・・・少なくとも,この「前篇」と銘打たれた本書を読む限りは,そうなのだ。ぼんやりした不安感が主人公・芥川に付きまとっていることは説明としては理解できる。しかし,幻影として芥川自身が,そして周囲が見る「死」の表現は,どこかユーモラスなのだ。いい枝ぶりの木で縊死している芥川の姿には「ぶら~ん」という能天気な擬音が付き,やせ細った姿を見た子供に「オバケ!!」と叫ばれた芥川は,おどけた姿で「ひょい」っと「オバケ~」とポーズをとって見せる。どれもジョークには至らない,ブラックユーモア「風味」なのだ。この表現は何なのだ? ・・・とワシにはまだ解せないものが感じられる。きっとこの先,中編,後篇(まさか完結編まで行くんじゃないだろうな?)・・・と物語が進展するにつれて,この明らかな作為の所以がワシら読者に示されるのであろう。現時点ではそう解釈しておくことにしたい。

 そうそう,「作為」と言えば,最大のものがあった。この「澄江堂主人」に登場する明治・大正・昭和初期の文人たちは全員,「漫画家」なのである。「吾輩が猫である」も「羅生門」も漫画であり,短歌や詩は四コマ漫画に置き換えられている。今のところ,文学作品を漫画作品と置換しているだけのように見えるが,これも何かの仕掛け,なのであろう。その謎もそのうち明らかに・・・なるんでしょうね? 山川先生。

 従来の山川作品に満足していなかったワシを,どう引き回してくれるのか,それとも「やっぱりいつもの・・・」で終わるのか,その帰趨を見るためにも,ワシは続刊を3年ばかり追いかけてみようと思っているのである。結論は,完結した後に書くことにしたい。